「 日本のみなさん、日本の目の不自由なみなさん。
目の見える人が幸せで、
目の見えない人が不幸せだということはありません。
人間に大切なものは心です。
心に光をもって、強く生きてください。 」 ヘレン・ケラー
本名 : ヘレン・アダムス・ケラー 1880年6月27日 - 1968年6月1日
アメリカ 教育家、社会福祉事業家
1955年(昭和30年)74歳、三度目の来日で東京を訪れて・・・
― 幼い頃、自身の三重苦(目、耳、声)から、かんしゃくをおこしていたヘレン・ケラー。
ヘレンの両親は、聴覚障害児の教育を研究していた電話の発明で知られる、アレクザンダー・グラハム・ベルの紹介で、マサチューセッツ州にあるパーキンス盲学校の校長へ家庭教師の要請の手紙を出した。
1887年3月3日、7歳のヘレンは一人の女性に
胸が苦しくなるほどしっかりと抱きしめられました。
パーキンス盲学校を優秀な成績で卒業した、
22歳のアニー・サリバン。
(その後、約50年、教師、友人として彼女を支えていくことになる)
やがて、サリバン先生と手と手を握り合って指文字で言葉を伝え合う"指話(しわ)"ができるようになってから、形あるものよりも、もっとすばらしいものがあることを知りました。
"わたしはヘレンを愛します"
"愛ってどんなものですか?"・・・
「 暑い日が長くつづいたあとに雨が降ると
土や木や花がよろこびます。
でも、その雨を降らせた雲は、
手でつかむことはできません。
愛も同じです。
愛を手でさわることはできませんが、
それをそそぎかけると、みんなはよろこびます。
これが愛です。
心に愛をもたない人は、幸せにはなりませんよ 」 アニー・サリバン
1866年4月14日 - 1936年10月20日 アメリカ
幼い頃、母親、弟を亡くし、自身も盲目に。(後にある程度回復)
― ヘレンが10歳の時、声をだす勉強の為に学校へ行くことに。
数ヶ月ののち、両親のもとへ帰ったヘレンの顔に両親の目から熱いものがこぼれ落ちた・・・
「 た、だ、い、ま、パ、パ。マ、マ。」
