それは、「不良」という点で共通点があり、頭の良さという点で、ギャル系は統計的に頭の回転が早い方が多いからです。
もう、この時点で、遺伝子の条件が揃ってしまうのです。
ギャル男やギャル系の不良は、基本的に頭が良すぎます。
そんな当たり前のことを、学校で先生に上から偉そうに言われるのに、腹が立ってしまうのです。
僕のような白痴は、先生の言っていることが何にも理解できなくて、結果的に先生に反抗したと見なされ不良になってしまうのです。
アゲハの女性が好きなのは良いのです。
でも、アゲハを自分で選びたいなら、努力しなければならないということです。
これは、アゲハと一見関係ないですが、僕は晴れて音大の声楽科に入学して、ピアノ伴奏をピアノ科の学生にお願いしなければならなくなったのです。
ブックオフの中古書店で僕の大好きな思い出ですが、練習合わせの時の待ち合わせ場所から大学の音楽練習室に向かうまでの5分間、僕は雑談が出来なくて、困りました。
それで、中古書店で、その5分間のために、毎週ネタを探してくるということをしました。
ですから、白痴の生まれですが、僕は読書が出来るのです。
それが、結果的には、アゲハに本当に挑戦できるところまで、行けたのです。
つまり、アゲハの女性の飲んでも、話題に困らない自負が、音大を卒業してからは合ったのです。
ですから、あとは、押しきる勇気だけで、挑戦できるだけの実力を持っているのです。
「自分の方へ来てくれないかなぁ」と努力を放棄して夢みたら、アゲハの女性と飲めることなんて、キャバクラでお金を払ってか、奇跡でしかあり得ないのです。
ところが、私は選べる立場にいるので、自分から声をかけられるのです。
勿論、声をかけるといっても、僕の白痴の世界の価値観での声をかけるではなく、インテリジェンスにスマートに出来なくては成立しません。
ですから、最初の白痴と天才との遠いほどの違いと不良という共通点というところで、遺伝子の条件的に、ギャルの女性には、基本的に僕は惚れてしまうのです。
勿論、ギャルといっても、例外もありますから、この世の中、絶対の話はないのですが、基本的の白痴の僕とギャル女性は、相性が良いのです。
あとは、お互い惹かれるのはわかるので、あとは来てもらう側になって祈るか、自分で行ける努力をするかです。
白痴と天才では、絶対に共通の話題の不良の話がすぐに尽きるので、絶対に白痴の世界に引かないで、天才の世界で心地よく話題が出来るかどうかなのです。
そして、その後、心を開いてくれたら、こちらの話題も入れていくという感じです。
ですから、僕は好きなギャルの女性には、いくらでも勝負できるのです。
