以下、ネット情報引用。
1919年4月13日、イギリス軍のダイヤー将軍は、イギリスの発布した集会禁止令に反対して独立運動の集会を開いていた非武装無抵抗のシク教徒を始めとするインド民衆に対して、機銃掃射を命令し、この将軍の狂気の命令を忠実に守ったグルカ兵(ネパールのグルカ族の兵士)たちは一斉に発砲しました。死者は379名、負傷者は1137名に上り、この出来事は、インド独立運動中に起こった最大の悲劇と言われています。これが世にいうアムリトサル事件、またの名をジャリヤーンワーラーバーグ事件といいます。
インドと言ってで思い浮かぶ人と言えば、ん〜アーミラ・カーン(インドで人気の俳優さんでマーボーが大好き)、マザー・テレサ(フランス人だけど…)、ガンジー、と私的にはこれくらいですが、この御三方の中でインド独立に最も関係が深いのは皆さんご存知のガンジーさん。インド独立の父と言われ、インドの紙幣はガンジーさんだらけ。それだけ今のインドにとってガンジーさんは重要な人なんですね〜。ガンジーさんは非暴力・不服従を掲げてイギリス植民地からのインド独立を果たすのですが、その最中にこのジャリヤーンワーラーバーグの地で、悲劇は起こったのですね。
この庭園の中央には、犠牲者を悼む記念碑が立ち、銃弾の跡がはっきり残る壁の一画や、銃弾から逃れるために多くの人が飛び込み溺死したと言われている井戸も保存されていました。



このような歴史を経て1947年、遂にインドは独立を果たすのですが、イスラム教徒とヒンドゥー教徒が対立し、ガンジーさん念願の統一独立ではなく、インド・パキスタン分離独立となってしまうのです。
前回ブログ参照
アムリトサル滞在②ワガ国境の熱気
独立した翌年、ガンジーさんはヒンドゥー教過激派の青年により、銃弾をあびせられ生涯を閉じます。死ぬ間際にガンジーさんは額に手を当て亡くなったそうですが、それはイスラム教で全てを許す、という意味なのだそうです。
アムリトサル、たった1日半の滞在でしたが、シク教にワガ国境に独立運動中に起こった歴史的事件にと、とっても濃い〜インドを感じることができました。
様々な民族、文化、宗教の入り交じるインド。悲しい歴史を背負いながらも、着実に平和と希望に溢れた未来へ少しずつ歩みを進めていることも感じられました。この複雑で大きな国土を持つインドがこれからどの様な国になっていくのかは、今を生きるインド人達が作っていくんだろうな。
そして日本人である私は日本がより幸せと愛に溢れた国になるよう、私自身が日々に感謝し幸せや愛を感じて過ごしていきたいです。