革のトランク | Weblog from Worktable

革のトランク



私は、案外と人に頼られたり、相談を持ちかけられることが多い。
誰かが困っていたりすると、見かけによらず本気で心配してしまったりする。
これは、私がヤサシイ人間とか、親切な人間とかということではなく
そういうタチなんだと思うんです。

かといって、心配したり、相談にのったりしているうちに
ツカレテ、放り出したくなることも多いわけです。

ようするに、人間としての度量が足りてないにもかかわらず、心配性なんです。


Weblog from Worktable-トランクと懐中時計
Weblog from Worktable-bauhous などの本



先日、姉のダンナさんが物置の整理をしたいから、必要なモノを見てくれないか?
と言ってきたので、見に行ってきました。

父のモノも母のモノも姉のモノもほんの少しでした。私のモノはありませんでした。
内心、こんな事で呼びつけないでくれ、と思いましたが。
燃えるゴミを分け、写真や本や家計簿やスケッチや工具などを持ち帰り
古いトランクにしまいこんでいます。


もう、正直に書こう。
私は姉の2回目のダンナさんが、スキとかキライとかではなく
どうもニガテというか、反りが合わないんじゃないかと思っているんです。
彼が困ったり、寂しい思いをしているんじゃないか
と心の中でムリヤリ、義務感のようなものを押し込めているんじゃないかと思う。
彼の言動に、本意というか真意を感じられないのも、しっくりこない一因なのかと思う。


私は、父や母や姉の具合が芳しくなかった頃に、ほとんど毎日ようすを見に行っていた。
そんな過ぎてしまったツライ日々を想い出しながら、見るのもツライ写真やら絵やらを片付ける。
軍事郵便なんてものまである。 ツライ。
想い出の品を探そうとしても、ない人もいるんだしナ
なんてことを、自分に言い聞かせながら、しまいこむ。


度量が足りてないにもかかわらず、私は、また義兄のことを心配して
何気なく日常としてブログに書いてしまうのだろうな。