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ピンポンパールの針仕事

ピンポンパールの作品をご紹介していきます。

今年の夏の暑さは、スペシャル!猛烈!! 危険なレベル!!!とか。

 

で、久しぶりに扇子入れを製作。

隔靴掻痒の感はありますが・・・。

 

でも素敵な何品かできました。

 

 

      

 

   

  

  

 

すべて着物地で作りました。

少しは涼しげになりませんか。

 

 

2位から6位までがお団子状態のセリーグ。

 

試合がないのに順位が上がったり下がったり、1勝しただけで3位Aクラス入りとか。

そんな順位はさておいて、せっせと勝てばいいんだけど、

後半戦2勝1敗なんだかな---

.

甥っ子に贈った17日のヤクルト戦のチケット、シャットアウト負けなんて、

甥っ子にごめんねーと私の責任でもないのに謝罪、謝罪。

 

でもね、一つ何だか爽やかな風を感じたのよ、伊藤捕手に。

 

人柄の良さを感じさせる高城や、とうとうソロホームランしか見られなかった白崎選手。

シーズン途中のトレードには、まだ心の整理がつかない、などの本人達の弁にも

あったように、ただただびっくり、そしてプロの厳しさを痛感。

 

でも実は私オリックス結構好きなんです。

PCのお気に入りにベイスターズとオリックス入っているのよね。

二人にはそのオリックスで頑張ってほしいわ。華を咲かせてほしいわ。

 

そして、ヤクルト3連戦の伊藤捕手。

ド素人の私ごときが偉そうに評してなんですが、

何だかキリっとしてるのね、バタバタした感じが無いのね。

残念ながら1勝2敗の滑り出しでしたが、

チームの要の位置に居るキャッチャーというポジション

まさに要らしい佇まいを感じちゃいました。

 

まだ3試合だけですが、期待していいですか?

 

それにしても、プーさん心配だわん。

 

 

本日7月20日・・・・今、阪神戦終了

スタジアムでの始めての阪神戦勝利!

桑原のサイクルヒット

プーさんもやっとヒット。

本日はやったね!!

 

今ヒーローインタヴューの桑原、会心の笑顔。

 

・・・・明日も続け!!!!

 

 

 

 

 

 

座学だけでなく、実際に歩いてみるという、梅雨も明けた時期に

過酷なカリキュラム!!

でも幸いに前日までの雨もやみ、暑いは暑いのですが、

まだましな日で「鶴見街歩きガイド」の方の案内で、

どうにか行ってまいりました。(たっぷり1万歩越えのコースでした。)

 

それにしても、旧東海道沿道の地である鶴見に長年住んでいながら

スルーしていた諸々、見どころあるものですね。

 

まずは鶴見駅近く、医王山成願寺

この地に建立されたのは、天正3年(1575、長篠の戦の頃ですわ)という事です。

門には、京都で2013年に、このお寺の本尊の薬師如来様と併せて

化粧直しされた仁王像がすっくと立っています。

汚れを取り、きれいに彩色しなおされたそうですが、

この仁王様、ちょっとキュートでしょ。

でも、室町時代の作と言われているそうですよ。

仁王像の前にどっしりとある、この薬師如来堂の石塔は

東海道沿いに建てられ、如来堂への案内の道標だった

そうです。古めかしい!!

こちらは門前での拝観のみ。

 

 

次は鶴見のメイン、「曹洞宗大本山総持寺」

地元では、単に「本山」と呼んで親しんでいます。

(ちなみに、今はない花月園競輪場は「お山」と呼んでいましたね。)

元の総持寺が大火で焼けて、明治44年にに、この地へ移転してきたのですが、

石川県の旧地には消失を免れた堂宇中心に再建され「総持寺祖院」として

現在に至っているそうです。

この筋塀の白い筋、これは格式を表していて、5本筋というのは、

最高の格式を表しているそうです。

百間廊下を行くお坊様の姿も。

 

下の廊下脇、石畳部分に残る二筋の水の跡は、

1963年におこった「国鉄鶴見事故」で多くの遺体を収容した総持寺。

その方々の慰霊のため、朝、晩2回水を流しているその水跡だそうです。

(私も鶴見在住ではありませんでしたが、子どもながら、

ひどい事故が鶴見で起こった事をはっきりと記憶して

います。160名以上の方がなくなった大事故でした)

 

境内にある「雲水群像」(矢崎虎夫作)

この像、フランスのヴァンセーヌの森に同じ像があるそうです。

フランスのかの地で拝めますかな?

他にも、与謝野晶子の歌碑があります。

たびたび横浜を訪れていた与謝野晶子の、総持寺での句。

「胸なりて われ踏みがたし 永よりすめる大雄宝殿の床」

この日は来る「み霊祭り」の盆踊りの準備でお坊様も忙しそう。

盆踊りのやぐらは組み終わりました、と笑顔で話されていました。

横浜大空襲と鶴見事故の犠牲者慰霊のために始められた

もので、今年で71回目だそうです。

単なる盆踊りではないのですね。「合掌」

 

次に向かったのは「子生山 東福寺」

創建年代は不詳ながら、寛治4年間(1087~94平安時代です。)

に創建されたと伝えられているそうです。

子供を授かるという謂れで、江戸時代には近隣だけでなく

江戸からの観光がてらの?参拝者も多かったそうです。

門前には「葬頭河婆・そうずかば」の祠があります。

「奪衣婆」ともいわれ、閻魔大王の連れ合いだとか、

三途の川の渡し場で、渡し賃を持たない亡者の着物を剥ぐ怖い存在。

でも、江戸時代には

厄除けや咳止め、子供の百日咳に効き目があると

民間信仰の対象になったそうです。

「東福寺」で授かった子供が、元気に育つよう、つながっているようですね。

 

 

さて、次には

JR鶴見線国道駅

首都圏には珍しい「無人駅」

昭和初期に出来た当時のまま残された駅舎、上部には

戦時中の機銃掃射のあとがはっきり残っています。

内部のアールの天井、薄暗い改札前。

昭和初期、戦前の雰囲気のまま残っている珍しい駅です。

そのせいで、色々な映画やテレビなどで使われています。

前にテレビドラマの「華麗なる一族」で

木村拓哉さん演じる「万俵鉄平」が、駅構内から電話をかけるシーンで、

この駅を使っていました。

見ただけですぐに「国道駅」と分かりましたね。

ホーム下の、古いお店屋さんの看板までそのまま撮影されてましたから。

 

 

その後は、旧東海道生麦あたりを歩きました。

した生麦の白熊茶屋があったあたりの石碑。

民家の庭にひっそりと。

30cm位のかわいい石碑です。

大切にされていました。

 

南海山章宣正泉寺境内の蓮の華、きれいでした。 

 

そして、いよいよ、全国区の「生麦事件」

こちらが事件発生現場の案内板。

民家のフェンスに掛かっておりました。

いまは、整備された道路です。

 

こちらは、発生現場から少し行った場所にある石碑と案内板。

鶴見のキリンビアビレッジ門のすぐ近くです。

逃げたイギリス人の1名が絶命された場所で、追悼の石碑でもあります。

 

 

ほかにも尋ねた場所もありますが、3時間余りの鶴見めぐり。

ガイドの方にはお世話になり、また勉強させていただきました。

こうして地道に郷土の歴史や文化を守り、発展させていく努力に

頭が下がります。

ありがとうございました。

 

おまけ

もしこのあたりをめぐる方がいましたら、

最後はキリンのビアビレッジをお勧め!

(今回の私どもはこれは無し!)

工場見学のあとは試飲で美味しい飲み物もいただけますからね。