精一杯歌うんだ。 | バックパックとテクテク。

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ずっと憧れていたバックパッカー。2014年3月からマレーシア・クアラルンプールからスタートして、トルコはイスタンブールを目指します。旅のワクワクを届けられますように。バックパックと一緒に、テクテクいろいろ見てきます。

東北地方太平洋沖地震から今日で一週間。最初に気付いたのはtwitterでの「twitterでしか情報を得られない人もいます、回線を被災者の方のために空けてください」とのツイートを見て、「何かが起こった、それもとんでもないことが」と思った。その後、バイト先のスーパーで見たのは、「東北地方で震度7の大地震」のテロップと共に中継される津波が気仙沼市に押し寄せ、車が無残に波に飲み込まれていく映像だった。

僕の地元の北海道函館市には大津波警報。家族の安否をいち早く知りたかった。バイト中にトイレに入る振りをして電話をかけるも、繋がらない。メールも、届かない。お客さんから次々と情報が入る。石油コンビナートの炎上、10m以上の津波、続く余震。不安で仕方がなかった。

函館の友人へのツイート。「親に連絡つかなくて不安なんだけど、函館の状況教えてもらえない?」彼は直ぐに即答してくれた。「金森近辺だけ水没・・・でも宮の家は大丈夫だと思う」とのこと。それでも、やっぱり不安。

「コンサートのチケット予約は携帯よりも公衆電話の方が繋がりやすい」という話を思い出す。最寄りのコンビニの公衆電話に立ち寄り、深夜零時に自宅へ電話。やっと繋がり、聞きなれた母親の声。それから父親、妹。皆無事だった。父親の職場のすぐ近くまで津波がやってきたけれど、被害は無かったとのこと。函館は、朝市や観光名所であるベイエリアに被害は出たものの、少なくとも僕の家族は無事だった。

その後は、ずっと珍しくTVをつけっぱなしにして、情報収集。献血は継続的な実施が必要、被災地に荷物を届けることは困難、西日本から東日本への電力支援について…。そこからずっとずっと、自分にできることを模索し続けた。思いつきの行動で迷惑はかけたくない、自分も確実に「力」になりたい。だから、昨日まで何もしてこなかった。募金は少しだけ、したけれど。そう、それは昨日まで。

それで、今日僕がやりたいと思ったこと。それは僕が所属するバンド、東京で収録した音源が入ったCDを売って、その売り上げを全額募金するというもの。献血は今は良いタイミングではないと判断したし、個別でミネラルウォーターや缶詰を送ることもスーパーでバイトしていてそれがどういう事なのか分かっているから、募金という形を選択した。

CDに関しては、本当はアルバムで出す形を予定していて、収録の最中だったけれど、チャリティーCDとして出すことによって僕らの考えに賛同して頂ける方が参加しやすい状況を提供できるのではないかという考えに至った。もちろん僕らの活動には賛否両論あると思う。偽善的と言われるかもしれないし、綺麗事と思われるかもしれない。けど、これが僕の選んだ「僕が出来る最善の支援」という一つの答え(あくまで個人的またはバンド的なもの)なんです。否定はもちろんしていただいて構わない。

CDは2曲入りで100円。その売上は前述のとおり全額ゆうちょ銀行を通じて日本赤十字社に寄付させて頂く予定。その寄付額に関しては、バンドのHPを通じて公開することにした。

もちろん、これは僕に出来ることのうちの一つに過ぎない。これだけではなくて宮入健彰個人として出来ることもその時々の状況に応じて選択/参加したいと思っている。僕の地元函館市で、一人の尊い命が奪われているという事も、僕のこの動機に非常に深く関係している。皆さんにとってそうであるように、僕にとってもこの災害は他人事では無い。

正直、テレビやネットから得る情報から、なんとも言えない気持ちによって泣いたことも何度もあった。けれど、僕は強く歌う。精一杯、歌うんだ。CDの中でも、ライブでも、とにかく。愛している人、大切な人が隣にいない、もう二度と会えない状況がどんなに辛いことか。理解し難いことか。「さよなら、また明日」と言って別れてもう二度と会えない状況。「ただいま」と言って晩御飯が待っている家が無いという状況がどんなことか。信じられない事が、僕の地元から特急で2時間程の場所で、起こっている。

どんな言葉を与えられたっていい。

僕は強く歌おう。
僕は力強く、歌おう。

いつの間にかギターを弾けるようになり、歌えるようになって、大切なバンド仲間を得たんだから。

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「東京」の東北地方太平洋沖地震に関するチャリティー活動に関するHPは以下をご参照ください。

http://x74.peps.jp/tokyomiyazaki/free/?cn=25