随分間が空いてしまったけど、

この続きだよ。

本当はこの垢に政治ネタとか載せたくないんですよね💧

声優の林原めぐみさんもそんな心境だと思う。




さて4月の話ですが、

「チ。-地球の運動について-」を見始めて

3話の終盤でまさかの衝撃と感動を抱き、

(そういう物語なの…😨)と、しばし放心。


なんかもう…言葉にならない。


回を追う毎に作者は天才だ✨


の一言に尽きました。



ここでネタに触れるので知りたくない人はUターンして下さいね🙏





舞台は15世紀前半のP国(おそらくポーランド)。

1話で「合理的」に生きてきた優等生の12歳の少年(ラファウ)が、

異端者である天文学者フベルトと出逢い、

徐々に宇宙や地球の真理を「知りたい」という知的好奇心に駆られ、

世の中の常識という道から外れたことで彼も異端者として囚われてしまう。

そして拷問、極刑という死を目の前にして、その瞳は夜空に輝く星々のように美しい…


え…💧

そんなことって、ある???


感動と知的好奇心への探究が始まったと思ったら、

いきなり主人公がいなくなる😳💧

まだあるこの先のストーリーはどうなるの???という私の不安をよそに、


たった12歳の少年ラファウがフベルトから受け継いだ【感動】という「想像力」「好奇心」「畢竟」「知性」という真理はアメーバーの様に増殖し、次の主人公たちへと繋がっていく。


だからなのか、

物語の最初の主人公(ラファウ)はとっくに亡くなって画面に出ていなくてもずっと「そこに居る」存在感があるのですよね…


感動(感情)って生きものみたいでちょっと怖いけど、それを主人公ラファウは「裏を返せば愛」と異端審問官ノヴァクに言う。



知的な探求心や好奇心が「真の敵(異端者を捕える側の)」であり、
順風満帆エリート街道まっしぐらの人生を歩むはずが、異端者として囚われたラファウの今の現状は、正解不正解といえば不正解といえる。

けど不正解は無意味ではない。というラファウは12歳にして大人のノヴァクを圧倒させている💧✨

「ソクラテス曰く、誰も死を味わっていないのに、死を最高の悪であるかのように恐れるのは、賢人を気取ることだ」

エピクロス曰く、生は適切に活用すれば十分に長い。」




どの主人公も志半ばで命を絶たれるのだけど、

意思を繋いだ全員が同じ瞳で輝いて美しいのです。



煉獄さんも、「チ。」に登場してくる主人公たちも、

なぜその死に感動を覚えるのだろう?と考えると、


その死に人生を集約された生き方に美しさを感じるからだと思う。



チ。でもそんなセリフがありました。

このシーンはとても好きです。

 

 



そして「疑念」と「信念」

人間とは矛盾や曖昧さを抱えた存在である。


何かを盲目的に信じることで真理を見えなくしてしまわないよう、

自分の直感を信じながら常に疑う角度からも観る。という大切さも作品から感じました。



敵対していたノヴァクもまたこの時代を動かし作った仲間。

主人公のひとり。




旧ブログから私が常々表現してきた


「ん?の法則」のことが作品の最後に伝えられていました。


「?」という違和感という直感は

大概(…というか100%)当たっているんですよね🌏✨


「ん?」を大切にしていきたいと改めて感じました。






サカナフィクションの「怪獣」の歌詞と曲が作品を更に引き立てていました。




エンディングも毎回物語の「感動」の余韻に浸るのにしっくりしました。




↑あれ?再生できない人はこちらから↓






絞首台に立ち、死を迎える直前のバデーニを描いてみました。


このシーンも清らかなBGMと共に

悲しいけれど、神秘的でとても美しいシーンで、


オクジーと共に今世を生き切り満ちた表情に

力強さ感じて「鎮魂」させられます。

※鎮魂=死者の生き様を通して魂が揺さぶられること。


自信家のバデーニが残そうとしたのが

オクジーの「感動」だったことに心痺れました。



いつか色をつけてみよう🌈✨



Taro




保存したいブログ記事を見つけました🙏✨