数年前、法律の仕事をフルタイムでやっていた当時に、ある日本人のクライアントが「日本語の契約書よりもその英訳を読んだほうが分かりやすい」と発言しました。それを聞いて私は「危ない!」と思いました。何故なら、その人は英語を母国語として理解しているわけではないし、法律用語も分からない。だから、英訳の契約書を読むときも、言葉の一つひとつを一般的な意味で理解しているだけで、その言葉が持っている法律的な意味合いまでは理解していないと思ったからです。


 分かりやすい例を挙げると、日本の労働法に「不当労働行為」という言葉がありますよね。アメリカの労働法にも“Unfair Labor Practice” という、似たような言葉があります。しかし、もし私たちが 不当労働行為をUnfair Labor Practice と翻訳したら、アメリカ人は不当労働行為とはUnfair Labor Practice と全く同じものだと勘違いしてしまう可能性があります。従って、私達はこの言葉を敢えてImproper Labor Act と翻訳していました。この、本来の英語にはない言葉を見たアメリカ人のクライアントは、「なるほど不当労働行為とはUnfair Labor Practice のようなものですね」とは思うでしょうが、全く同じものだとは思わないはずです。


 前置きはこのくらいにして、前回、アメリカでは雇用に当たって障害者の扱い方が興味深いと書きました。その話をしましょう。


 アメリカでは履歴書に、応募者が障害者であることを一切書きません。それが判明するのは面接の時です。例えば車椅子で面接に来たら一目瞭然です。その面接の中で「障害は何級ですか?」などと質問してはいけません。障害に関連して聞いてもいい質問はこれです。「私たちが募集しているのは、このような仕事が出来る人です」そこで詳しい仕事の内容を説明した上で、「あなたはこの仕事が出来ますか?」と聞きます。本人が「できます」と応えた場合、障害があることを不採用の理由にはできません。


 しかし、この「できます」という言葉の中には、法律的な意味合いが含まれています。それは、「会社側が”reasonable accommodation”、つまり「合理的な、あるいは適切な対応をしてくれた場合は」という条件付きなのです。車椅子の障害者であれば、スロープを付けて、エレベーターを設置して、机を低くして、トイレを改造した場合でしょう。


 ここでもう一つの言葉の解釈が問題になります。何がreasonableなのかということです。それは会社にとって “undue burden” 、つまり「著しい負担」にならない場合を指します。例えば上記の例で考えると、年商一億円しかない会社がaccommodationのために3千万円をかけなければならないのであれば、それは「著しい負担」と解釈され、障害者であることを理由にして採用を拒否してもかまわないでしょう。しかし年商1千億円の会社であれば著しい負担にはならないので、障害者であることを採用するかどうかの判断基準に入れてはいけません。


 就職面接での「できる」とか「できない」という単純な言葉も、障害者の場合にはこれほど深い意味が含まれてきます。日本の会社の場合、人事担当者であってもここまで想定している人はあまりいないと思います。


 もう、ここまで来たら、雇用に当たってHIV感染者の扱いも紹介したくなってしまいました。次回はそれを紹介しましょう。やはり、私の本業は弁護士みたいですね。小難しい話にお付き合いさせてしまって、どうも済みません…(笑)