Woking for unWorking

Woking for unWorking

「それって誰が決めたの?」

Amebaでブログを始めよう!

ということでこのブログの題名

「Working for unWorking」

この題名におれがどういう意味を込めたかと言いますと

働かないために働く

ということです

どういうこっちゃ?

つまりね

今まで、

「がんばる」

とか

「努力」

とか

そういうものってなんだかとても輝かしいものだった

けど、これからの時代はどうなのだろうか?ということです

努力って本当に大事なの?がんばるって?がんばる=辛い、ってことなの?

それってホントに正しいの?定義しなおさない?

ってことです。

おれたち日本人よりも死ぬ気で勉強をして、努力して、そんな発展途上国の人たちがいる

そんな人たちとこれから対等に闘っていけるのか?

けど、そんな時代はだんだんとやってくるのだと思います

最近の若い者は…

というのは簡単だが、そんな若者たちと何をやっていくのか

ということで、

その最近の若者の1人として

「働かないために働く」

好きなことをやれば人間は強い

というなんとも甘ったれた考えをもとに

自分がこれからどうやって働かないために働いていくか

綴っていけたらなあ、と思います

このすべて満たされ、どこか活力のない日本の若者がこれからの日本を引っ張っていくなにかヒントになる、とおれは勝手に信じています

このブログの目的について。




一昨年の夏


おれは夜のロンドンにいました


おれのまわりには、ブラジル人、メキシコ人、スペイン人、韓国人…




「クラブ行こうか?どうしようか?おまえはどうしたい?」




「おれはみんなが行くなら行くよ」




おれは当たり前に答えました




「いや、おれはおまえの意見を聞いてんだよ、みんながどうとかじゃなくて」




メキシコから来た友人のその一言はおれの今までの当たり前を当たり前じゃなくしてくれました




そのほかにも日本では疑いもしなかった自分の当たり前をとことん疑う機会に恵まれました




帰国後も、なんだかおかしい、ということには、たとえみんなが疑いもしないことも、とことん、疑いました


今までの自分にとっての「普通」、「当たり前」、「常識」を、定義しなおそうと思いました


おれが今まで常識としていた事


囚われていた事


それは本当に、常識なのか?




安定


高収入


多忙


高学歴


幸せ




皆さんが皆さんの常識をもう一度疑い定義しなおす


その手助けになりたい




と、微力ながらこのブログを始めます