昨日、比叡山へ登山に出かけました~![]()
しかし、デジカメが壊れ携帯で撮る始末・・・
初めての比叡山![]()
阪本まで車で行って駅前に車を停めていざ目指すは比叡山![]()
で登山口に着て気持ちが萎えた・・・いきなりの階段・・・
階段を一段ずつ登り息は既にぜーぜー![]()
「こんな事で赤兎山なんて登れないぜ
」と自分に言い聞かせひたすら登る・・・
で途中振り返ったら琵琶湖が見えた![]()
途中で休憩を挟みながら、ストックの先を紛失しながらなんとか目的地まで辿りついた![]()
根本中堂
(写真はないけど・・・)
に行く前に、ご飯と私のタバコ・・・
ここで、ちと根本中堂についての説明(ウィキペディアより)
比叡山比叡山延暦寺の総本堂。
伝教大師最澄が788年(延暦7年)に一乗止観院という草庵を建てたのが始まり。
本尊は最澄が一刀三礼して刻んだ薬師瑠璃光如来と伝えられる。
その宝前に灯明を掲げて以来最澄の灯した灯火は1200年間一度も消える事なく輝き続けているので、『不滅の法灯』と呼ばれる。(焼き討ち後の再建時には立石寺から分灯を受けた)<788年に創建されて1200年だとしたら単純計算で1988年になるが・・・>
中堂という呼称の由来は、最澄創建の三堂(薬師堂・文殊堂・経蔵)の中心に位置する事から薬師堂を中堂と呼ぶようになり、この三堂は後に1つの伽藍にまとめられ、中堂と言う名前が残ったとされている。
延暦寺の中心であることから「根本中堂」と言い、東塔という区域の中心的建物。
現在の根本中堂
織田信長比叡山焼き討ちの後、慈眼大師天海の進言により、徳川家光の命によって、1634年(寛永11年)より8年の歳月(完成は1641年(寛永19年)を掛けて再建。
1953年(昭和28年)3月31日に国宝に指定された。
終わり。。。
休憩を終えて「根本(こんぽん)中堂に行こう」と相方が言ったが私の耳には『ぽんぽん中毒に行こう』と聞こえた・・・それより私は根本中堂を「ねもと中堂」と呼んでいたぞい![]()
でその根本中堂、中入るのに靴を脱いで板の回廊?を歩くのだがまだ冷たい。。。
「真冬は辛いだろうなぁ」と想像。
荘厳な造りで、今の時代こんな荘厳な造りって出来るのかな?昔の人は凄いな!と感銘。
帰りは東海自然歩道を下る。途中で珈琲を沸かし飲んでゆっくり下山。
大分降りた所で男の人が一人トロンボーンの練習をしていたのを見かけた。
山から下りて日吉大社近くで蕎麦を食べ、比良でゆったりと温泉に入って一般道を走って帰って来た![]()
そして、来月は赤兎山に行く前に六甲山に登るぞ![]()
生まれも育ちも大阪で一度も登った事がないので是非行きたいと私がお願いした。
でもその前にデジカメ買わないとな・・・![]()
