いつもと違う雰囲気が漂っていた。
私は、『ついにその時がきたか』と、心の底で思った。
その雰囲気はそう、この間感じたものとすごく似ていた。
私の兄が、彼らに連れさられた時と同じだ。
大の大人が2人、私達の部屋へ押し入ってきて、
兄をそのまま連れ去ったのだ。
兄は結局、そのまま帰ってこなかった。
わかっていた。
一度彼らに連れられた者は皆、
決してこの場所に戻ってこれないという事を。
間違いない。どうやら私にも、その時が来たようだ。
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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
コルカタ・パラゴンホテルにて、
砂川たちを見送った後。
僕達は慌ててパッキングした。
電車の出発は午後2時で、
まだ4時間ほど余裕があるにも関わらずそういう行動に出たのは、
次の目的地プリーに向かう前にどうしても訪れておきたい場所があったからだ。
『たかし!!早く!遅いわ!!』
寝坊したタカシを急かす僕。
いつもなら寛容な僕も(どこが!?)気長に待つのだが、
今回は出発日に観光というなかなかにタイトなスケジュールだ。
しかもここはインド。何があっても不思議ではない。
早めに出発できるのであればしたかった。
“くっそーおそいなアイツ~”
若干イライラしながら彼を待っていると、
眠そうな顔をしながらテクテクと、
悠長に歩いてきた。
ほほぉ・・・余裕だな草食メガネザルめが・・・。
後で埋めちゃる。
そんなこんなで。
遅れてきたタカシに連れられて、
地下鉄に乗り込んだ僕達。
程なくして電車は、
目的地最寄の駅に到着した。
地下鉄から出ると、やはりそこもインドだった。
路上でモノを売る老人。
母親の手伝いをする子供。
すぐ目の前でナワバリ争いをする犬達。
僕達3人はそれらをかきわけ、10分ほど歩いた。
そうして、目指していた場所に到着した。
入り口は大通りから少し路地裏に入った所にあった。
もう少し豪華な門みたいなのを想像していたのだが、
何の事はない、それは、日本の田舎の一軒家の入り口にあるようなモノと大差なかった。
僕は真っ先にその入り口から中に入った。
門の警備員のおっちゃんが、
『写真撮影は禁止だぞ』と告げ終わる前に返事をして、
一目散にその場所へと向かった。
赤く塗られた壁。
中には奇妙な石壇。
僕は瞬時にここが、儀式の場所である事を理解した。
そして同時に、今さっき儀式が終わったであろうという事も確認した。
だが案ずる事はない。
すぐさま次の儀式が始まるという事を、たかしから聞いていたのだ。
僕は一番良い場所を陣取り、儀式が始まるのを待った。
全身に緊張感が満ちてきた。
果たして僕に耐えられるのだろうか。
すぐ後ろにはタカシがいた。
リサはこの場所に立っているだけで気が滅入るらしく、
遥か後ろで顔を伏せていた。
暫くして。
男2人に連れられて、彼はやってきた。
彼の首には花飾りがつけられていた。
一方の男が彼に水をかける。
もう一方の男は、ククリ刀だか、ナタだか、とにかく巨大な剣を手にしていた。
いよいよ儀式が始まるのだ。
足の指先と、眉に力が入ってくるのがわかる。
目をそらすものかと、自分に言い聞かせた。
水をかけていた男が、彼の前足を掴み、自然ではありえない角度へとねじった。
抵抗力をゼロにして、儀式を遂行しやすくする為だろう。
だがやはり。
彼は、とてつもなく大きな悲鳴をあげた。
そんな事はお構いなしに、彼を祭壇へと捧げる男。
固定される身体。
なおも続く叫び。
彼は今、何を思っているのだろうか。
剣を持った男が動く。
ギラリと光るそれを、
今まさに大きく天空に掲げた。
そうか。
そうだったんだな。
兄もこの場所で、同じように殺されたんだ。
この者達の手によって。
私達の運命は、生まれた時から決まっていたんだ。
こうなるサダメだったんだ。
でも。
悲しいなぁ。悲しいなぁ。悲しいなぁ。
もっと。
生きたかったなぁ。
ザン!!!
・・・・・・・・・!!!
ゴロゴロと彼の首は地面に転がった。
僕は最後まで視線をそらさずに見ていた。
それが偽善者が出来る最大の事だと思った。
2人の男は、平然とした様子で次の作業に取り掛かった。
やはりまだ、儀式は終わらないのだ。
『たかし、行こう。一回見たら、もう充分や』
次の儀式の犠牲者が祭壇に連れられてきた瞬間、
僕はそう口にしていた。
僕達3人はその場所を後にした。
駅へと向かう帰り道。
何度も何度も彼の顔が脳裏に浮かんだ。
それは、彼が最後に見せた表情だった。
コチラに向けて見開かれたあの目。
僕は恐らく一生、忘れる事がないだろう。
そして今なお、その事を思い出す度に、僕は自分自身に問う。
彼は、どんな思いをしてあの場所に立っていたのだろうか。
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