これだけの情報社会が加速していき、誰も経験したことのない世界に突入していく。

Googleで検索すれば、いろんな人の意見や考察を知ることができる。ただ、検索上位の意見が必ずしも「正解」とは限らない。

これは、検索システムの問題ではなく、そもそも「正解」なんてものがない命題が多いということ。


正解なんてない。

自分なりの納得解を持っていることが大切。


「正解」ではない「納得解」を導き出す力が大切。

※納得解自分なりの仮設を立てて、試行錯誤して、自分も周囲も納得できること。


自分なりの仮説があるのか。

常に考える思考の癖があるのか。


教科書の正解を当てる!覚える!の価値はどんどんなくなっていく。


ただ、この話になると、勉強は必要ないのか?という議論に良くなるが、最低限の知識は必要であって、関係性や全体の背景、構造が全くわからないと、上手に検索もできないということ。



僕自身も大学の授業を表面的に捉えるのではなく、これを通じて、何を自分自身は得ているのか、問いながら時間を使っていた。


例えば、僕は工学部物理工学科だった。

相対性理論に始まり、物体と物体が衝突するときに、分子がどうなっているのか?この衝突した瞬間の衝撃がどんな力学があるのか。これらの分子の周囲にある電子はどんな回転率でスピンしているのかなど。


基本的な微積分学から始まり、よくわからない公式を活用して、導き出す。またこの公式を活用する前には、この公式がどんな経緯で導きされているのかを算出する。


では、将来この知識、経験。時間が何に繋がるのか。ではなく、僕はこの思考回路が物事を構造的に考える練習、訓練になっていると思って取り組んでいた。



何が言いたいのかというと、

常に物事の仮説を立てる習慣を持つこと。


どんな経験も意味はあり、どんな解釈と捉えるかだけ。


「正解」ではない「納得解」を導き出す力が大切。


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※写真は全く本文に関係ない。もうすぐ金城ふ頭にLEGOLAND JAPANがOPENする!楽しみである。