続いて、また経営者シリーズです。

そもそもお前は何者なのか。

まず、僕自身が「経営」というものが身近に感じる環境で育ってきたこと。楽しいことばかりの印象はないが、やっぱり魅力的な先輩が多いと感じる。


地域と深く関わって経営で続ける経営者

先祖から続く家族経営に携わる経営者

認定NPO法人で、福祉事業を行う経営者

やっと10億の壁を突破した経営者

創業者から経営を引き継いた経営者

自ら創業してIPO直前の経営者


いろんな立場、環境に経営者の方と時間を共にすることで、自分の価値観も形成され、自分の可能性にも期待して、ワクワクする時間が多いということ。


さらに、自分自身も今まで以上に「経営」というものに関わらせていただくことがあり、力不足を痛感し、思考アンテナが張っていることも影響しているのか。



先日のある経営者の方からの学び。

『経営者』に求められる役割とは、ありきたりな視点からの自分の会社の価値を拾いあげて、その価値を活かすのではなく、いままで誰も気づかなかった価値を見出すことである。


中途半端にいままでの組織の拡張工事ではなく、ゼロから土台を作り上げるつもりで考えていくことが求められる。


致命的にならない範囲内で試行錯誤を繰り返すyぷなチャレンジ精神が問われる。


ビジネスでは、プロ野球とは違い、何度でも打席に立つことができる。打率は低くてもいいから、打点を稼ぐことができるのか。そんな組織風土が求められる。野党ばかりの組織は危険信号である。


野党=評論家である。

ただ、必ず、社内社外問わず評論家は存在するもの。


まず、実践者と評論家とでは、生き方が違うということを自分自身で強烈に認識する。そして、ある程度割り切ることも大切だと思う。


「正しい、間違ってた」

これは、評論家の専売特許のようなものである。


評論家は、あとから解釈を深めて論理的に構成する。では、実際はどうか?それは、やってみたいとわからない。


誤解を恐れずに表現するなら、結局、何をやっても批判される。


自分の意見を押し進めれば独裁的。

意見に耳を傾けて修正すれば、ブレている。


自分自身の評論家気質を一切、排除したいと思う。


答えがないものは、「決断」であり。答えがあるものは「判断」である。



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※写真はごきげん畑のニンジンジュース。健康的で、旨い!社会貢献。