「男らしい男」という人がどんどん少なくなっています。「らしさ」は「自分らしさ」しか認めない寂しい社会になったからです。だから、言論においても、身体においても、戦いが弱い男が増えました。

 

もちろん、ようやく男女の自然の力関係になっているのだ、とも言えそうですが、どうも「弱い男」というのは遺伝的自然に逆らっているような部分もあると思います。

 

「自分らしさ」のみにこだわるのもいいですが、自分らしさには「男らしさ」も大きく占めるのだ、と言える人もでてきてもよいと思われます。

 

 バトルロワイアル 1999年の高見広春の小説。国家の実施するゲームによって、中学生同士が殺し合いを強いられるという物語。、深作欣二監督により映画化もされました。が、ある世代には、プロレスで単純に大勢で生き残りをかける「ばとるロイヤル」の方を連想します。