高校生の頃に書いた作品です。かなり稚拙な文章で読みづらいのでご注意を…




庭で野菜を育てよう、という案が我が家に持ち出されたのは、父の気まぐれが発端だった。それまでの庭は申し訳程度に植えられていた芝生以外には何もない殺風景な所で、そろそろ華のある植物が欲しいなぁと密かに思っていた。すると僕の願いを頭で感じ取ったのかどうかは知らないが、休日でも仕事の疲れを癒すなどと言ってだらだらしていた父が唐突に立ち上がった。奇跡だった。父の提案を聞いて僕は二つ返事で賛成した。まだ年が二桁にも達していなかった僕は、実が生るまでにかかる手間やそれが後々食卓に並んでしまうことなどそっちのけで、とにかく庭に食べられる植物ができるということが楽しみだった。
一方、母は提案を聞くや途端に顔をしかめた。飽き性だからまた途中でほったらかすんじゃないの、と痛い所を突く。父はそんなことない、と反発していたが、母の予言通り、父は一ヶ月も経たない内に野菜の世話を放棄した。
結果、残された庭の野菜は僕が育てていくことになった。その最中、トマトやナスといった派手な色の野菜に混じっていつの間にか生えていたもの、それがアシタバだった。


最初に見付けた時、雑草か何かだろうと勘違いしてすぐに摘み取ってしまった。ところが数日後、同じ位置で前より成長している姿を見付け、このしぶとい雑草は何者だろうと首を傾げた。母に聞くと、意外にも「わからない」ではなくしっかりとした答えが返ってきた。

「ああ、それは明日葉って言うのよ」

「アシタバ?雑草じゃないの?」

「いや、野菜だよ。葉っぱの柔らかい部分を揚げて食べるのよ。折角だから一緒に育ててみれば?」


目立たない外見から完全に雑草だと思っていた僕は少なからずショックを受けた。野菜は何かしら派手な外見であるという僕の法則は根底から覆されてしまった。それだけアシタバは茎と葉だけの、本当に地味な野菜だった。

以来、僕は他の野菜に加えて新たにアシタバを育てることになった。始めは手の平の半分もなかった葉は一ヶ月も経たない内に両手を合わせたくらいに成長した。目まぐるしい変化を日々確認していた僕は、ひょっとすると成長したら美味しいのではないか、という期待を抱いた。しかし、数が増えた若葉を天ぷらにして食べた途端、それはただの妄想であったことを思い知らされた。半泣きで洗面所へ駆け込みながら母の無責任な発言を呪った。

それでも適当に水をかけるなりして、一応世話は続けていた。一方、台風や梅雨で次々と枯れていく野菜達を他所に、アシタバは苦い若葉を増やしながら次第に庭を占領するようになった。


庭に残された野菜がついにアシタバだけになっても若葉が不人気であることに変化はなかった。誰も手を出さず、野菜としての威厳は疾うに失われていた。唯一の取り柄は、庭の大半を占める巨体が辛うじてテレビでよく見る観賞用の熱帯植物に見えなくもないことだった。最も、人が通ること自体少ない場所なので、ギャラリーは僕以外に誰もいなかった。

そんなある日、事件が起きた。普段通り母に急き立てられて学校の仕度をする最中、ふと窓から覗くアシタバの姿が目に入るや、仰天した。

若葉が何枚も喰いちぎられていた。葉が何枚も重なってふさふさしていた部分から太い茎が現れ、もはや熱帯植物の体を成さなくなっていた。

僕は台所を駆け回る母に叫んだ。

「ねえ母さん、アシタバが食べられてるよ!誰が食べたんだろう?」

母は僕の言葉に曖昧に頷いて、ああそうね、でも今はそんなことより早く仕度しなさいと慌ただしく洗面所へ向かってしまった。

僕はむっと腹を立てて、そんなこととは何だ。あの苦いアシタバの葉を食べる人がいたんだよ。すごい事件じゃないか、と怒鳴りたくなった。しかし、そんな軽はずみなことをすれば既に一種即発の母の機嫌はさらに悪化するだろう。僕は興奮醒めやらぬ状態のまま出しかけた言葉を食パンと一緒に飲み込んだ。


授業を受けている間、ずっとアシタバを食べた犯人のことを考えていた。ただ犯人と言っても、別に捕まえるわけではない。アシタバは根ごと刈り取るようなことでもしない限り枯れるなんてことはまず有り得ないし、そもそも幾ら荒らされようが枯れようがそのことを惜しむ人がいないのだ。むしろ、僕の関心はあれだけ苦い若葉を一晩で食べつくした犯人が誰なのか探ることに向けられた。手っ取り早い話、僕は犯人のことが純粋に知りたくてたまらなかった。

学校へ行く直前にもう一度アシタバの様子を眺めた時、葉に歯形のような痕が出来ていた。やはり若葉は噛み切られていたのだ。じゃあ少なくとも犯人は人じゃないな、と僕は断定した。まさか人が葉をそのまま噛み千切った、なんてことは無いよな。というか、あったら怖い。

人でないとすれば、歯形が大きいことを考えると犯人の候補は犬と猫の二つに絞られる。でも、猫が葉っぱを齧っている姿なんて見たことがない。思わず想像した様子が滑稽で授業中に笑ってしまった。当然周りに変な目で見られたけど。結局、犯人は犬であるという平凡な結論に至った。

しかし問題は、その犬がどこの犬なのか全く見当がつかないことだった。家の近所で犬を飼っている人は逆に飼っていないことの方が珍しい程多く、一頭ずつ調べたら限りが無い。第一、葉を齧ったことなんてどうやって調べるのだろう。家のアシタバ食べませんでしたかと聞くわけにもいかないし。解決策がなかなか浮かばないことに業を煮やした僕は自然と爪を噛んでいた。これも変な目で見られたけど。


何、あれ。

学校が終わるや全速力で帰宅した僕は家の門の前で立ちすくんでいた。庭に大きな影がうろついていた。時折、生垣の隙間からベージュと焦げ茶の混ざった太い尻尾が忙しなく揺れる様子が見える。犬の尻尾であることは一目瞭然だった。犯人の犬だ。探すまでもない、自分からやって来たのだ。そう直感した僕は不安と好奇心を半分ずつにじませながら、門の付近まで近づいて恐る恐る奥を盗み見た。

尻尾の付け根から二本の足、やがて全体が生垣の死角から外れて露わになっていく。ベージュが上半身に向かうに連れて鮮やかになる。黄金色に染まった稲穂の群れがうねるように、小さな風になでられた体毛が揺れる。殺風景な庭に堂々と構える立派な体躯は一際存在感を際立たせていた。

不覚にも見とれてしまった僕はさらに顔の方も眺めようと上半身を乗り出しかけて、凍りついた。

犬がこちらの気配に気付いてまっすぐ僕の方を向いていた。寝起きのだるい気分を引きずっているように振り返る動作がやたら鈍かった。

当時の僕の身長は、列に並ぶと前から三番目になる程低かった。そのため中型犬ですら相当な巨体に見えた。つまり、見上げなければ全体が分からないこの犬はとてつもなくでかいということだった。

襲われる、という言葉が浮かんだ。このままでは自分が恐ろしい目に合わされることは子供心に察した。足が竦んで動かない体の最上部で早く逃げろという警報だけがけたたましく鳴り響いていた。

犬がのしのしと歩を進めてこちらに迫ってくる。僕は喉まで迫り上げる悲鳴をこらえることでやっとだった。そして犬が目と鼻の先まで迫ってきて――、

そのまま通り過ぎた。

呆気にとられて犬の向かう先を見ると、犬は門の前まで歩くと「お座り」の姿勢をとった。しかし頭は僕ではない別の方向を指していた。

「え…?」

犬の視線に釣られてその終着点を辿ると、アシタバに行き着いた。今朝生き残っていた若葉の大半が食べられて茎が丸裸になっている。

「これ…おまえが食べたの?全部?」

僕の声に反応して犬が丸い鼻を鳴らした。毛むくじゃらの尻尾が軽く揺れる。

「もしかして、まだ欲しいってこと?でも、葉っぱはもうないんだけど…」

僕が途方に暮れた声を発しても犬は同じ姿勢のまま動かなかった。が、しばらくして徐に立ち上がると道に沿って歩き始めた。

僕は去っていく犬の姿を呆然と眺めていた。沈みかけた夕日を浴びて落とされた影が何故か残念だ、と肩をすくめているように見えた。