お隣のお婆さん(Sさん)が腰痛か何かで、近所の A 整形外科を受診した。
そこで、整形外科医から、デパスが処方された。
Sさんは、何も知らずに、このベンゾジアゼピンを数ヶ月、飲み続けた。
ある日、脳性麻痺の息子さんの薬を、貰いに行った病院で、別の M 医師から、
デパスを止めるように、指示されて、初めて、この薬の正体を知る。
また、ある日、2人の老婦人が、道端で、話をしていた。そこへ、私が通りかかる。
(お向かいの F さん)
「息子さんの為にも、しっかりしなきゃ!」 「はやく、薬を止めなきゃダメョ」
(S さん)
「止めたら、体がヘロへロになるしーー」
「どうしたら、良いのか、判らんよ!」。
(私)
「---」。
急いで、家に戻って、ピルカッターを持って来て、S さんに渡した。
「これで、まず、朝の分だけ、半分にして」
「2-3週間後に、何でもなかったら、今度は、夕の分も半分にして」
「まだ、何でも、なかったら、さらに昼の分も半分にーーー」。
「切っても、大丈夫?」 「大丈夫!」。
数週間、私は、S さんを Care した。順調に減薬が進んでいるようだった。
「やれやれ」。
数ヶ月後、Sさんが、スイカの切れ端を、皿に入れて、私の家を訪れた。
「朝、夕、半分のところまで来たのだけどーーー」。
「朝の半分を無くすると、体がヘロヘロになる!」 「ここから、先が進まない!」。
私は、デパスを、作用時間の長いセルシンに置換することを薦めた。
次の、精神科の受信日に、私の主従医に相談してみようと思う。
私の主従医は、非常に優秀な精神科医である。患者の意見を、良く聴いて
向精神薬の減薬にも、協力して下さる。
「今度、S さんを、車に乗せて、先生に診て貰おう」。
S さんにデパスを処方した A 病院の整形外科医は、
このような私たちの事情を、知る由もないだろう!。
今日も、この無責任な医師が、同じような、医療行為をしているに違いない!。
何とも、腹立たしい。こんな医師が、のうのうと、ノサバッテいることに
戦慄を覚える。きっと、第2のSさんを、作っているに違いない。
(私)
「訴えたら?」
(S さん)
「ご近所だから、仕方がないよ」。
(私)
「----」。
そこで、整形外科医から、デパスが処方された。
Sさんは、何も知らずに、このベンゾジアゼピンを数ヶ月、飲み続けた。
ある日、脳性麻痺の息子さんの薬を、貰いに行った病院で、別の M 医師から、
デパスを止めるように、指示されて、初めて、この薬の正体を知る。
また、ある日、2人の老婦人が、道端で、話をしていた。そこへ、私が通りかかる。
(お向かいの F さん)
「息子さんの為にも、しっかりしなきゃ!」 「はやく、薬を止めなきゃダメョ」
(S さん)
「止めたら、体がヘロへロになるしーー」
「どうしたら、良いのか、判らんよ!」。
(私)
「---」。
急いで、家に戻って、ピルカッターを持って来て、S さんに渡した。
「これで、まず、朝の分だけ、半分にして」
「2-3週間後に、何でもなかったら、今度は、夕の分も半分にして」
「まだ、何でも、なかったら、さらに昼の分も半分にーーー」。
「切っても、大丈夫?」 「大丈夫!」。
数週間、私は、S さんを Care した。順調に減薬が進んでいるようだった。
「やれやれ」。
数ヶ月後、Sさんが、スイカの切れ端を、皿に入れて、私の家を訪れた。
「朝、夕、半分のところまで来たのだけどーーー」。
「朝の半分を無くすると、体がヘロヘロになる!」 「ここから、先が進まない!」。
私は、デパスを、作用時間の長いセルシンに置換することを薦めた。
次の、精神科の受信日に、私の主従医に相談してみようと思う。
私の主従医は、非常に優秀な精神科医である。患者の意見を、良く聴いて
向精神薬の減薬にも、協力して下さる。
「今度、S さんを、車に乗せて、先生に診て貰おう」。
S さんにデパスを処方した A 病院の整形外科医は、
このような私たちの事情を、知る由もないだろう!。
今日も、この無責任な医師が、同じような、医療行為をしているに違いない!。
何とも、腹立たしい。こんな医師が、のうのうと、ノサバッテいることに
戦慄を覚える。きっと、第2のSさんを、作っているに違いない。
(私)
「訴えたら?」
(S さん)
「ご近所だから、仕方がないよ」。
(私)
「----」。
今日から、寝る前のセルシンを 0.05mg 減薬。
最近、朝、起きた時から、疲れている。
ここの所、いつも。4時半に目が開き、あとは寝れない。
寝る時間は、前と同じ。 寝付きは、悪くないけど、
何度も目が覚め、熟睡が出来ない。
それでも、以前は、平気だったけど、ここんとこ、疲れている。
睡眠薬は、1/8 に減らしたけど、その為ではないなあ!。
睡眠薬による眠りは、どうも、自然なものではない。
まあ、眠れなくても、死ぬことはないと思う。