健康野菜[ゴボウ]ごぼうは食物繊維が豊富なことから最近は健康野菜としての人気が高まっています牛蒡(ゴボウ)が、もうじき旬を迎えます。冬の野菜として煮物や鍋物に欠かせない食材ですが、熱いご飯に甘辛い味付けの金平ごぼうはまた格別です。

低カロリーのためここ数年はサラダへの利用も広がっており、これもまたなかなか美味です。収穫量の約4分の1を占める最大産地は青森県。根を食べる野菜は珍しく、日本以外では台湾など一部地域で食べられているだけだそうです。

牛蒡が特に注目されるのは野菜の中でも特に多く含まれる食物繊維。腸内を浄化する効果があり、腸のぜん動運動を促進することから便秘に大変効能があり、また腸内の発ガン物質など有害物質を吸収してくれるので大腸がん予防にも効果があるそうです。

ゴボウの香りや風味は皮の部分にあるため、皮を厚く剥くのはNG。包丁の背で軽く剥くくらいが良いそうです
もうじき10月ですね、肌寒くなると鍋物が美味しい頃になります。鍋物のアクセントとして欠かせない食材の春菊は関西や中部方面では「菊菜」(きくな)とも呼ばれていますが、11月に入ってから需要のピーク入りとります。

春菜は日本や中国、東南アジアでは食用。欧州では主に観賞用に栽培されています。
代表的な黄緑色野菜で、カロテンやビタミンB、C、カルシウムなどが多く含ま
れ、その独特の香りは、胃腸の働きを促進したり、痰(たん)や咳(せき)を鎮
めたりする効果も期待できます。

また、春菊は入浴剤にすることもでき、菊や葉を陰干しして、ネットや布袋に
入れてお風呂に浮かべますと、体をあたため、肩こり、神経痛に効果を発揮する
そうです。

春菊の主な産地は、千葉県、群馬県、茨城県、大阪府などです。

因みに春菊を選ぶ際は緑色が濃く、葉が根元近くまで生えているもの。これが良
いそうです。

 梅はもともと中国の原産ではあるんやが、桜とともに古くから日本人に愛されてきたんや。


梅は文を好む花ちう意で「好文木(こうぶんぼく)」との別名を持ち、奈良時代に編纂された最古の歌集「万葉集」では、桜の歌よりも梅の歌が圧倒的にようけ詠まれていますわ。



百花にさきがけて咲く梅は「花兄(かけい)」「初名草(はつなそう)」とも呼ばれ、春の風を見て待つ草「風見草」「風待草」やらなんやらの異称を持ちまんねん。


また、その香(かぐわ)しさから「匂草(においぐさ)」「香栄草(かばえそう)」との名も持ち、その香気をもって春が訪れることを告げまんねん。


 「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」

これは、「病気に弱い桜は切った箇所から枯れることがあるため、むやみに切ってはいけへん。梅の場合は剪定して小枝をようけ出させた方が花や実の付きが良い」ちうのが本来の意味や。


「目には青葉 山ほととぎす 初がつお」


 新緑したたる清新な季節感をうたった山口素堂の名句ですが、カツオは熱帯の海から春先にかけて九州近海に来遊、北海道沿岸に向かって北上します。この「上りカツオ」を『初ガツオ』と呼びますが、一方、身に脂を乗せて晩夏から秋にかけて南下するのを「戻りカツオ」と呼びます。

あっさりして、さわやかな「初ガツオ」はやはり人気があり、「戻りガツオ」は脂が乗ってこってり気味、ややしつこさがあります。かつてはマグロも赤身を最上としてトロは一段下に見られた時がありますが、トロが看板になった今でも「戻りガツオ」は脂がくどいと使わないすし屋も多くあるようです。

あっさり感を好むのが江戸っ子の気風ですが、江戸っ子たちが『初ガツオ』を珍重しましたのも、新鮮さ、みずみずしさのためです。『初ガツオ』は値が張りますが、「女房を質に置いても食べたかった」と形容されるほど美味、たたきや刺し身はもちろん、煮ても焼いても炊いても最高に美味しいです。

因みに『初ガツオ』は「戻りガツオ」と比べて極めて低カロリーです。脂質はほぼ10分の1、エネルギー量は100グラム当たり114キロカロリーと3分の2ほどです。肉類に比べれば、その半分の低カロリーで、肥満気味で生活習慣病が気になる方にとりましては最適な健康食です。

DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)といった脂肪酸を多く含み、DHAには脳の機能を高める働きがあり、一方のEPAは血中の悪玉コレステロールや中性脂肪を減らし、心臓病や脳卒中を防ぐ作用で知られています。


 桜の花と入れ替わるように白い花を咲かせる花水木。


小雨模様がよく似合う花でもあります。もともとアメリカ原産のこの木は、明治の頃、当時の東京市長がアメリカに桜の木を送った返礼として届いたもので、その白く目立つ花は春の風物詩としてすっかり日本に定着した感があります。

 桜の季節が終わり、若葉を繁らせて木々が成長しようとする季節ですが、ぐんぐん上に伸びようとしている木を囲いの中に押し込めてどうにも上に伸びようがないようにしてしまったらどうでしょう・・・。「困」と言う字はそんな状態を表わしているそうです。

 維新の英雄、革命期以外には使い道がないほどの天才、幾たびの絶体絶命の窮地を脱する様は雲に乗った孫悟空と評される高杉晋作は「困った」とは決して言わず、唯一それが秘術のタネだったそうです。以下は司馬遼太郎の小説の一節です。

(高杉は)どんな事でも周到に考えぬいたすえに行動し、困らぬようにしておく。


それでなおかつ窮地におちた場合でも、「こまった」とはいわない。


困った、といったとたん、人間は知恵も分別も出ないようになってしまう。


「そうなれば窮地が死地になる。活路が見出されなく」というのが、高杉の考えだった。


「人間、窮地におちいるのはよい。意外な方向に活路が見出せるからだ。しかし死地におちいればそれでしまいだ。だからおれは困ったの一言は吐かない」と・・・