第1 設問1
Aが商品先物取引によって得た売買差益2000万円の所得の種類は,確かにAが一時に得た所得として一時所得(所得税法34条1項)を構成するとも思えるものの、譲渡所得(33条1項)を構成すると考える。以下説明する。
この点,譲渡所得に課税がなされる趣旨は,資産の増加益に対する清算課税にある。そうだとすれば,「譲渡」とは所有資産を移転させる一切の行為を含むことになる。
本件では,商品先物取引,即ち将来の一定の時期に商品を受渡しすることを約束して,その価格を現時点で決める取引であって,約束の期日が来る前にいつでも反対の売買をすることで「売り」と「買い」の契約を相殺し,その差額を清算して取引を終了する取引をしている。これは,2度の売買契約を締結するもので,一旦A自身が該当商品を所有しているものと考えることができる。そうだとすれば,本件先物取引は,Aが2度目の売買時において価値が増加した該当商品を,「譲渡」するものということができる。
それゆえ,Aが商品先物取引によって得た売買差益2000万円は上述の通り譲渡所得を構成する。
2 小問2について
AがB社に支払った商品先物取引の手数料500万円は,譲渡所得の取得費(38条1項,33条3項)として,譲渡所得にかかる総収入金額から控除することができる。
なぜなら,当該手数料は商品先物取引をするにあたって支払う必要のある付随費用であって,当該費用を支払わなければ商品先物取引にかかる商品をAは取得することができないからである。
3 小問3について
Aが建築業で得た所得金額3000万円は事業所得(27条1項)を構成する。なぜなら,事業所得に該当するかは,自己の計算と危険において独立して対価を得て継続的に遂行される営利活動に基づく必要があるところ,Aは個人で建築業を営んでいることから,収入があらかじめ一定程度定められるものでなく,A自身が必要な支出や損失を負担する可能性があるからである。
そして,69条1項において,総所得金額に含まれる事業所得から(22条2項1号),譲渡所得の金額の計算上生じた損失を控除することができるため,Aの商品先物取引によって生じた売買差損はAの事業所得から控除することができる。
よって,Aの商品先物取引により平成22年中に生じた売買差損3000万円は,Aの建築業での所得金額3000万円と損益通算することができる(69条1項)。
第2 設問2
1 損害賠償金等220万について
Aは,B社から損害賠償金等220万円を取得しており,かかる所得は一時に得たものであるため一時所得(34条1項)を構成するものである。
もっとも,かかる賠償金等は,B社の営業員Cから「必ず儲かる」と勧誘されたにもかかわらず,損害が生じたために請求したことに基づくものである。即ち,Cによる不法行為によって得たものであるから,「損害賠償金」
(9条1項17号)にあたり,担税力を見出せないことから非課税として取り扱われることになる。
2 着手金30万円について
Aが弁護士Dに支払った着手金は,「収入を得るために支出した金額」(34条2項)に当たって一時所得に係る総収入金額から控除できるか検討する。
Aが支払った着手金は,Aが訴訟に勝っても負けてもDに支払わなければならないものである。即ち,Aが訴訟に勝ったとしても,着手金は一時所得を得るために支出した金額ということはできない。
よって,着手金30万円は,「収入を得るために支出した金額」ではないため,一時所得の金額から控除できず,所得税法上考慮されないことになる。
3 報酬40万円について
AがDに支払った報酬40万円は,Aが訴訟に勝ったことを前提にDに支払うことになった金額である。
そうだとすれば,着手金はAが損害賠償金等を取得するため,即ち「収入を得るために支出した金額」に該当することになる(34条2項)。
もっとも,前述の通り,Aが取得した損害賠償金等220万円は非課税となっているため,着手金40万円を損害賠償金等から控除することはできず,着手金は所得税法上は考慮されないことになる。
以上
第1 設問1
1 Q歯科医院では,一般歯科治療に係る収入はAのものとし,他方矯正歯科治療に係る収入はBのものとする会計処理がなされている。もっとも,一般歯科治療においてBも治療に従事しており,他方矯正歯科用の固定資産においてはA名義で契約締結をし、
代金を支払っている。
このように本件確定申告どおりの実体を反映しているものとはいえないため,各収入がA又はBのどちらに帰属しているかが,実質所得者課税の原則(所得税法12条)との関係で問題となる。
2 この点、課税の公平を図る見地からすれば,経済的実質を重視して経済的実質を基準に実質的な所得者を判断するべきとも思える。
もっとも,法的安定性を重視する租税法律主義(憲法84条)の見地からすれば,恣意的な課税を排除するためには,法律的帰属の見地から判断するべきである。即ち,真の法律効果の帰属主体が誰であるかを基準に判断するべきであると解する。
3(1) 一般歯科治療の収入部分について
一般歯科治療においては,月水金の午前中はBがAに代わって治療を行っていた。そして,治療するに当たっての当事者は,当該治療をなす本人であるため,一般歯科治療の新の法律効果の帰属主体はA及びBとなる。
なお,Bが一般歯科治療に従事していたのは,Bの自己資金に余裕がないことから,Aが建てた建物や購入した治療機器等を使用する使用料として一般歯科治療に係る収入で代替的に負担するためであった。かかる事実は,経済的利益の真の帰属主体がAとなる事情であるが,上述の通り実質的所得者は法律効果の帰属主体で考えるため問題とならない事情である。
(2) 矯正歯科治療の収入部分について
確かに,矯正歯科用の医療機器等の固定資産の購入契約はA名義で締結し代金も支払われているものの,機種等の選定はBという実際に機種を使用する者自身が行っている。
また,矯正歯科治療用の矯正装置や医薬品等の棚卸資産は,Bが自己名義で仕入代金も支払っている。
さらに,Bの指示の下で矯正歯科治療に補助的に従事する歯科衛生士は,Bが自分の名義で雇い入れ,かつその人件費も負担している。
加えて,矯正歯科治療においては,Bのみが治療に従事しており,かつB名義の個人事情の開廃業等届出書も所轄税務署長に提出されている。
以上の事実からすれば,矯正歯科治療の法律効果が帰属する主体はB自身であるということができる。これは,AがBに対し,矯正歯科に関して口出しすることが当初から存在しなかったことにも合致する。
4 よって,一般歯科治療に係る収入はA及びBのもの であり,矯正歯科治療に係る収入はBのものとなる。それゆえ,本件会計処理に基づく確定申告の適否については,一般歯科治療については不適当であるが,矯正歯科治療については適当である。
第2 設問2
1 矯正歯科治療契約においては,矯正装置の装着時に一括して受領した矯正料を治療の経過に応じて治療期間に係る各年分の収入とする会計処理がなされている。このように一括して受け取っているにもかかわらず各年分に分割する会計処理は適当か。収入金額は「収入すべき金額」(36条1項)とされるため,その確定基準と関連して問題となる。
2 この点,基準の明確性と画一的処理の見地に鑑みて,「収入すべき金額」とは,収入すべき権利が確定した金額をいうものと解する。
3 本件では,確かに,矯正治療契約は患者の症状に応じて契約期間が3年乃至6年となっており,かつ治療が中断される場合には受領した矯正料のうち未だなされていない治療部分の金額は返還することとなっている。そうだとすれば,一括して矯正料を受領していたとしても,返還のおそれがある以上,各年分に分割することは適当とも思える。
もっとも,Bは既に3年間治療に従事しているものの,矯正料を返還した実績は患者総数及び矯正料総収入のいずれについても1%にすぎない。しかも,返還の理由は,患者の転勤,転校等のやむを得ないものであった。そうだとすれば,Bが矯正装置を患者に装着させ,矯正料を一括して受領した時点において治療料を確実に受領することができる地位にあるといえる。それゆえ,治療料の一括受領時に権利は確定していることとなる。
4 よって,本件確定申告は不適当である。
第3 設問3
1 BはCに対し矯正歯科治療を行っているところ,歯を矯正することは,人の悪い健康状態から良好な健康状態に回復させるための行為である。そのため,Bは本来であれば医療費(73条1項参照)を支出しなければならなかったものの,B自身が治療行為をしたため当該支出を免れている。そこで,Bには帰属所得が生じているところ,Bの帰属所得についても課税されるか検討する。
2 この点,帰属所得というものは,一般に少額であり,課税庁においても当該所得を把握するのは困難である。そこで,帰属所得については課税がされないと解する。
3 よって,Bの矯正歯科治療においては課税関係が生じない。
以上