2022年2月からのウクライナ騒動に対し、

中東諸国はロシアを非難せず中立の立場を維持。

・サウジアラビアはウクライナへの資金支援を約束。

・イランはロシアにドローンを提供。

 

 

2023年3月10日、

中国仲介でサウジアラビアとイランが、

7年ぶりの国交正常化。

 

2023年5月19日、

サウジアラビアで開催のアラブ連盟年次総会に、

内戦で除籍措置に置かれていたシリアが復帰。

またサウジアラビアからの招待を受け、

ウクライナ大統領も参加し国内の状況を説明。

(この後に宇大統領は日本のG7広島サミットに参加。)

 

2023年8月24日、

南アフリカ開催のBRICS首脳会議で、

アルゼンチン&エジプト&エチオピア&、

イラン&サウジアラビア&アラブ首長国連邦の6ヶ国が、

2024年1月1日付でBRICSに正式加盟する事が発表される。

(後にアルゼンチンは方針を転換し加盟を取り止め。)

 

 

イスラエルはウクライナ騒動以降、

中東諸国の中国やロシアとの関りが増えた事に対し、

中東でのイスラエルの立場を懸念していたのかな…。

それで2023年10月に、

パレスチナからのテロ攻撃を大々的に拡散し、

パレスチナへの攻撃を開始したのかな?

(中東を混乱させる意図もアリ?)

 

 

2023年10月6日、

ハマス(パレスチナ革命組織)のイスラエルへのテロ攻撃が、

メディアやSNSを通し大々的に拡散され、

イスラエルはパレスチナへの反撃を開始。

(ハマスのテロ情報は西側寄りの国から事前に通知済み?)

 

 

2024年4月1日、

シリアのイラン大使館をイスラエルが攻撃。

(パレスチナ側をイランが支援?)

2024年4月14日、

イランがイスラエルを反撃。

 

後にイスラエルの関与は分からないけれど、

イラン大統領の航空機事故や、

イラン訪問中のハマス幹部暗殺や、

イラン高官の殺害などアリ。

 

 

2024年10月1日、

イスラエルがレバノン南部に地上攻撃。

(パレスチナ側をレバノンの革命組織ヒズボラが支援?)

2024年10月1日、

ヒズボラを支援するイランがイスラエルにミサイル攻撃?

 

2024年12月8日、

シリアのアサド政権崩壊。

(アサド大統領はロシアに亡命。)

※ロシアがウクライナ&イランがパレスチナで手薄?

 

 

2025年6月13日、

イスラエルがイラン軍事施設(核施設含む?)攻撃。

(イスラエルは以前からイランの核開発疑惑を主張?)

イスラエルのネタニヤフ首相がビデオメッセージで、

イランへの攻撃を開始した事を発表。

(米大統領と事前通知なしで攻撃はしないと約束の筈…。)

 

2025年6月14日、

イランがイスラエルにミサイルで反撃。

イスラエルがイランの石油ガス施設を攻撃。

15日に予定されていた米国とイランの核協議が、
中止になった事を仲介役のオマーンが発表。

 

2025年6月15日、

イスラエルはイランの指導者ハメネイ師を、

暗殺計画していた事が米大手メディアにより報道される。

(2026年2月イラン指導者の暗殺はイスラエル単独かな?)

 

2025年6月17日、

イスラエルがイラン国営メディアを生放送中に爆撃。

米国トランプ大統領がG7を退席し急遽帰国。

(自由過ぎるイスラエル首相に振り回される米国大統領。)

 

 

2025年9月21日、

英国とカナダとオーストラリアがパレスチナを国家承認。

2025年9月22日、

フランスがパレスチナを国家承認。

(国民から批判の声が大きくなり過ぎた為?)

 

2025年10月8日、

イスラエルとハマスが『和平案の第一段階に合意』。

(米トランプ大統領提案、エジプト&カタール仲介による。)

 

 

「今日のウクライナは明日の東アジアかも知れない」

2022年からのウクライナ騒動で、

当時日本の首相の『岸田さんによる名言』らしい。

後にウクライナ騒動での色んな場面で、

『スローガン』と化した言葉だったりする。

(麻生さんも好んで各所で頻繁に使われていたらしい。)

 

最初に発言されたのは何時だろう?

そう思い調べてみた。

 

2022年の総理大臣の外国訪問一覧を見ると、

3月19日~21日インド&カンボジア、

3月23日~25日 G7(ベルギー)、

4月29日~5月6日インドネシア&ベトナム&タイ&、

イタリア&バチカン市国&英国、

6月10日~11日アジア安全保障会議(シンガポール)、

6月26日~6月30日G7(ドイツ)&NATO(スペイン)。

 

NATOで仰ったというのは知っていたけれど、

どうやらアジア安全保障会議でも仰っていたみたい。

その前を遡って調べると、

英国に訪問した後の記者会見で、

「今日のウクライナは明日の東アジアかも知れない」と、

岸田さんが仰ったのが最初になるみたい。

それ以前は「力による一方的な現状変更は…」になる。

 

という事で、

「今日のウクライナは明日の東アジアかも知れない」の、

ウクライナ騒動で有名な『スローガンの誕生』は、

『2022年5月5日』らしい。

 

 

また同じ5月5日の英国での記者会見では、

「ロシアに高い代償を払わせる事が、

 国際社会に間違ったメッセージを発しない為にも重要」と、

対ロ政策の変更も発表されたらしい。

 

何となく…だけど、

当時英国の首相だったジョンソン氏に、

岸田さんは言いくるめられた感じもしたり…。

なんて事を思っちゃいけないよね。

でも下世話な話になるけれど、

英国はロシアに勝って凍結資産を没収したかったのでは?

何となく英国も財政が厳しそうだったから、

そんな風にも思えていたり…って凄く失礼だよね。

正義よ!全ては正義!!

 

そして後の6月29日、

NATO首脳会合に岸田さんが出席された時には、

「日本とNATOのパートナーシップ協力計画」の、

抜本改訂を発表されたのかな?

 

そして、

「今日のウクライナは明日の日本かも知れない」に、

徐々に変わってきているのかも…。

なんて大袈裟かもね…。