法やルールは、
平時なら守る事が大切だとは思うけど、
危機的な止む終えない状況にある場合には、
法やルールを守れない事があるだろうから、
法やルールで決まっているのだから、
どんな状況でも守る必要があるとは、
言えない気もするけれど、
どうなんだろうねぇ…。
法やルールで決まっているのだから、
どんな状況でも守る必要があるなんて、
馬鹿の一つ覚えって感じもしたり。
まぁ自己利益の為に、
法やルールを無視して守らないのは、
良くない気がするけれど…。
法やルールは、
平時なら守る事が大切だとは思うけど、
危機的な止む終えない状況にある場合には、
法やルールを守れない事があるだろうから、
法やルールで決まっているのだから、
どんな状況でも守る必要があるとは、
言えない気もするけれど、
どうなんだろうねぇ…。
法やルールで決まっているのだから、
どんな状況でも守る必要があるなんて、
馬鹿の一つ覚えって感じもしたり。
まぁ自己利益の為に、
法やルールを無視して守らないのは、
良くない気がするけれど…。
昔だけど、
ライブでステージ上にいる人が、
身体を低されて私と目線が合いそうになった時、
私より前方に居た人達の頭が次々に移動してきて、
目線のラインを埋めていった事がある。
「まるでモーゼの逆バージョンだ」と、
その時は思ったのよね。
まぁ海が二つに割れるなんて現象は、
今の科学では証明できないよね…。
聖書は人々を善行に導く為の書物で、
内容の多くは架空の創作物なのでは?
日本での神話などと同じ類な気がするよね…。
因幡の白兎とか八岐大蛇とか天岩戸とか。
なので聖書に書かれた内容を根拠に、
自分達の土地だと主張するのは、
現実と架空の区別が出来ない人達って事かしら?
もしかしてイスラエルって、
誤った思想を持つ人達が統治している国だったのかな?
なんて昨今の出来事を目にして思えてきたり。
はっ!もしや…。
相容れない思想だから隔離させたとか…考え過ぎ?
関係なさそうだけど、
偽カルトと言われるものの多くは、
社会のルールを曲解して、
教えていたりするみたいよね…。
いや~でも、
どの国にも現実と架空の区別が出来ない人は、
一定数は存在すると思うのよね。
ただ社会に悪い影響を与えない限りは、
容認されている感じかしら?
イスラムでも、
コーラン(法典)と現実を混同する人はいらして、
混同した主張で社会に悪影響を与える人達は、
過激派とかテロリストとか言われているのかな?
それと似た類のようにも思えてきたり。
少し大袈裟かしら?
米国と繋がる事で大きな利益を得られる人達が、
国内で米国との繋がりを良く思わない人達を、
暴力を使い排除していたとしても、
西側から見れば、
「米国に友好的で自由を求める人達が、
国内での自由を抑圧する力と戦っている」
と伝えられる…のか。
自由という言葉は、
都合の良い言葉だよね。
民主という言葉も同じかも?
国内の何を主張する人民を主とするかで、
良くも悪くもなる気がしたり。
例えば独裁的な政治を好む人達が主となれば、
民主主義でも独裁政治っぽくなるかもね…。
(ここでの独裁は自分の為って感じ?)
ただ独裁と言われていても、
国の為に良い政治が行われていれば、
形式が独裁タイプでも構わないのかもね…。
やっぱ中身が大事なんだろうな…。
でも先ずは、
良く見えする言葉には気を付けよう。
って感じかも?