なぜ生きるかと


病弱な父を介抱しながら食事の支度をする母の背中に問いかけた


なにも楽しいことなく


大変だろうに


妙に落ち着いてどっしりと明るい


私ならば人生に絶望するような環境で


あなたは何故生きるのかと。



すぐにさらりと


何故生きるかはわからんけど生きてる限りは美しく生きるのだ


と、きっぱり言われて


心の霧が晴れた



中学2年くらいだっただろうか


折に触れ思いだす


母の生き様は本当にそのとおりだった


地味だけどまっすぐに美しく生きぬいたと思う



平凡すぎる毎日の中で


そんな思いさえ風化しそうになっていた頃に


中島京子氏の「イトウの恋」に出会った



・・・・

 私の記憶の中の母は、いつでも正体を失うほどに泥酔している。

 軽輩とはいえ、武士の家に生まれ、嫁ぎ、跡取りをもうけたものが、遠い親戚を頼って身を寄せた商家で女中部屋をあてがわれ、使用人として生きる哀しみは、酔いにまかせていっときでも忘れてしまわなければ、耐えられない屈辱だったろう。

 酒を飲んで暴れることはなく、愚痴が口をついて出ることもなかった。ただ静かに、意識が朦朧としてこの世から離れていくのを待つように杯を重ねて、やがて目をつむって眠ってしまう母の手から、握りしめた湯飲み茶碗を引き剥がし、肩に接ぎの当たった蒲団をかけて、寒い夜はその蒲団にもぐりこんでいっしょに眠るのが、幼かった私の日常だった。

 何故そうしてまで生きたのですかと、私は母に一度も聞いたことはない。しかし、こうして自分も年をとり、人の子の親となった今は、そんなことは聞かなくてもわかるような愚かな問いで、母は私のためにのみ生きたのだと、そういう思いが胸に湧いてくる。

 昼もらった給金を、夜には酒に変えてしまう母親を、このどん底の貧乏は母のせいだと、恨んで大人になった私は、親不孝者の馬鹿息子だ。・・・・・



というくだりを読んではっとした。


何故生きるかという同じ問いを聞くことさえ出来ずに母を見守るこども。


大人になってちゃんと気づく。




私は・・・


母が私のために生きようとしてくれていたなんて、今の今まで思いもしなかった


そういえば


冗談交じりに


「あんたが学校を卒業するまでは生きちょりたいと思うたけど、嫁入りするまでは、孫の顔をみるまでは、


 ってだんだん欲張りになるね~。」と亡くなる前に笑って言っていたことさえ聞き流していた


この本は母の心を教えてくれた


亡くなってもう10年以上たつ


親不孝者の馬鹿娘だ


母のことが大好きだったけど


母の気持ちを私はきちんと理解していなかった



こんなに遠くに来て


何もしないで生きている


生きてる限りはもっともっと


なにかしたい!!


想いだけが空回りしている



空の上から


私を見守りながら母はどんな気持ちでいるだろう