お越しいただき、ありがとうございます。
文化を越えよ 日本人の協働力強化ブログは、今後も更新していきますが、
別ブログ
『越境コラボ塾』 http://ameblo.jp/c-b-collaboration/
では、より頻繁に記事更新を行っております。
こちらも、是非いらっしゃってください。
宜しくお願い致します。
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3.11後新聞に報じられる死亡者数は日々増加しているが、今も1万2千人を超える人々が“行方不明”という事実は、あまりにつらいものだ。 特に福島原発の避難地域内での犠牲者の方々は、瓦礫の下に埋もれたままで雨水に濡れ、放射能に晒され放置されていることになる。 それは悲しすぎる。 あってはならない事だ。
哲学者 内山節先生の呼びかけに応え、明日 4月24日の正午には、家族とともに近所の神社に行き、3.11で亡くなられた方々を僕なりの言葉で見送りたいと思っている。 同じ時間帯、全国の有志が供養に参加する予定だ。
僕の身近で被災された人は無かったけれど、知り合いが勤める会社の宮城県の加工工場では、40名いた従業員の7割が帰らぬ人になったと聞いた。 別の友人の親戚には、まだ不明の人がいると聞く。 神戸の時もそうだったが、これから徐々に、色々不幸な話が聞こえてくるのだろう。 犠牲になった方々は皆、僕達のすぐ隣にいる人達なのである。
亡くなられた方々には、無事に次の世界に到着して頂かないといけない。 僕は何の宗派でもないのだが、その事は強く願っている。 亡くなられた方々と同じ言葉を話し、共にAll Japan を応援し、日々米のご飯を享受してきた僕達が、ちゃんと見送らないといけない。 これから先、僕たちを見守り、応援してもらうためにも、しっかり供養する事は大事だと思う。
明日の正午から少しの間、どんな場所、どんな形でもいい。 ひとりでも多くの方が、僕達と気持ちを合わせ、犠牲になった方々を共に見送ってもらえればと思う。
下記はこの度の地震で亡くなられた方々の供養を共にしよう、という呼びかけである。僕の恩師である哲学者の内山節先生が最初の呼びかけ人で、僕もこれに続いている。 復興の活動はまさにこれからだが、自分達が何かを始めるにも、まずは亡くなられた方々をしっかりと見送り、この出来事を僕たちの心に刻む事が大事だと思う。 僕は近所の神社に家族と共に行って、犠牲になられた方々の冥福を祈りたいと思っている。
皆さまも是非、僕達と供養する心を合わせて欲しい。
以下、内山先生からの文章転記。
東日本大震災で亡くなった人々を、みんなで供養しよう
―亡くなられた方々の冥福を祈る日をみんなでつくりだすこと
を呼びかけますー
最初の呼びかけ人・内山 節
日時 2011年(平成23年)4月24日 日曜日
この日にそれぞれの場所、それぞれの方法で亡くなられた
方々への冥福を祈りましょう。また12時正午にはみんなで
祈りを捧げたいと思います。
方法
ご自身の信仰をおもちの方はその方法で、また他の
方々はそれぞれが思いついた方法で。被災地の方角を向いて
手を合わせる、仏壇などをおもちの方はお線香を上げる、
近くのお寺、神社、教会などに集まり祈りを捧げる、ご自宅に
思い思いのデザインの半旗を掲げる、追悼の集まり、コンサート
などを開く、・・・・方法は自分がよいと思う方法で、自分の
できる方法で。国葬のような儀式にするのではなく、全国津々浦
でみんなが送る日にしたいと思います
東日本大震災は私たちのなかに驚き、恐怖、悲しみとともに、自分自身もまた「支え合う社会の一員でいたい」という強い意志をも生みだしました。皆様もそれぞれの場所、それぞれの方法で、直接、間接的な被災者への支援の活動をおこなわれていることと思います。私たちの役割はこれからも持続的な支援活動を続けながら、被災地の復旧、復興に協力していくともに、この直接、間接的な活動をとおして社会とは何か、社会はどうあるべきか、暮らしや労働をどう変えていったらよいのかなどを捉え直し、日本の社会を再生させていくことだろうと思います。
その意志を示し、未来への歩みをすすめるために、みんなで東日本大震災で亡くなった方々を供養する日を設定することを呼びかけます。
古来から日本の社会には、災害や「戦」などの後に亡くなられたすべての方々の冥福を祈り、死者供養をする伝統がありました。「戦」の後には敵味方を区別せず供養しました。またそのときには人間だけではなく、巻き込まれて命を落としたすべての生き物たちの冥福を祈りました。さらに災害の後には、大地が鎮まることをもみんなで祈りました。そうすることによって、悲劇に巻き込まれていった生命への思いを共有し、ひとつの区切りをつけ、次の歩みに向かう入り口をつくりだしてきました。
この度の大災害で亡くなられた方々に対してはすでにご遺族の方々などの手によって、精一杯の供養がおこなわれたことだろうと思います。しかしその一方でご家族が全員亡くなられるなどして、誰にも送ってもらうことができないでいる人たちもおられると思います。そのような方々に対してはもちろんのこと、すでにご遺族の方々なとによって供養された人たちに対しても、みんなで追悼、供養してあげようではありませんか。そうすることによって、これからの私たちの決意をも示したいと思います。
この案内を受けられた方は、ご友人、お知り合いなどに転送し、この呼びかけを伝えてはいただけないでしょうか。またホームページ、さまざまなSNSなどでも呼びかけ合うとともに、供養の方法を提案していただければ幸いです。お寺、神社、教会などにも呼びかけ、私たちはこの災害とともにこれから生きていくことを確認したいと思っています。
亡くなられた方々を十分に追悼することなく、未来を語ることに私はためらいを感じます。ここからはじめませんか。
以上
密教を中国から持ちこんで布教した弘法大師空海、信長や秀吉らと盛んに交流しながら海外交易を展開した境の商人達、世界を視野に入れた夢を胸に日本を大きく変えていった坂本龍馬や高杉晋作など、日本という国を大きく変革してきた力は、外と内を繋げる人々が生み出してきた。
歴史が語るごとく、こうした人々の偉業の多くが異質とのしかも偶然の出会いを下敷きにしている。 限られた出会いで自分らを語り、関わりの中身を深め、運命を開拓していった力は彼らの非凡さに違いないけれど、出会いの場が持つ意味の大きさは過小評価するべきでないだろう。
異なる文化を持つ人々との接点を持ちながら、自らが抱く夢や志を想いのままに語る場が、残念ながら今の我々には極めて乏しい。 皆が“役割”の衣を着て出会い、お互いに”役割をこなす“中で接触が完了してしまうからである。 現代人の持つ”フレーム”が、”役割”からの逸脱を制限してしまう、というのがコミュニケーション理論の教えるところだ。
弘法大師や龍馬が異国の人々と交わした会話(おそらくはかなりの非言語コミュニケーションを伴ったと推測される)と比べると、今の我々(よほど接点は多い)が為している交流は、“想い”の交錯が深まりにくい。 じゃあ、殻を突き破る”場”が必要じゃないか。
そんな想いを持って、僕と仲間でワークショップ形式の対話の場を設けたのでご案内させて頂きたい。 3月15日(火) に東京 大井町 で行う。 オープンなイベントなのでどなたでも歓迎である。
企画名: コラボカフェ イン 東京
テーマ: “国境をまたぐ夢をつなげる“
(日本人、外国人が集まって共に夢を語り、繋げ、広げる対話の場です)
日時: 3月15日(火) 18:30 開場
場所: 大井町 きゅりあん 第4講習室
http://www.shinagawa-culture.or.jp/hp/page000000300/hpg000000268.htm
募集人数: 40名 (日本人20名、外国人20名)
参加資格: ”国境をこえる夢を語れること” (年齢・国籍・学歴・性別不問)
使用言語: 日本語
会費: 2,000円 (当日受付でお支払いください)
その他: お菓子、お飲み物などをご用意しております。
申し込み: http://kokucheese.com/event/index/8766/
詳細は: http://www.asia-doc.com/question/quest/pdf/collabocafe.pdf
英文案内: http://www.asia-doc.com/question/quest/pdf/Hand-Out_COLLABOCAFE.pdf
以上である。 もちろん僕も現場に居るので、来られたらお声をかけて頂ければ嬉しい。