就活をしていると「自己分析」をしろといわれます。

自分が何を考えて、何をしてきたのか?
何故そうなったのか?
決断をする時のポイントは?
一番嬉しい時は?

果たして、就職するのに、自分を分析することが必要なのかどうかはイマイチわからない。
けど逆に、就職に限らず、「自分とは誰か?」という問いは、一生つきあっていくテーマな気がします。


ちょうど『思想家の自伝を読む』という本があって、読んでみたら感銘を受けたので、
集中的に、自伝を読んで、書評を書いてみることにしました。

ということで第一弾。



きだみのる著『人生逃亡者の記録』 


◆人物
1895年生まれの、小説家・翻訳者。「ファーブル昆虫記」の訳者である。開成~慶応中退~パリに留学。マルセ
ル・モースに師事し、社会学や人類学を学ぶ。放浪の人。若年時代に自殺未遂騒動を起こしている。


◆書評
著者には、「ホーム」がない。鹿児島、台湾、東京を移り住み、それぞれの場所でも引越しが多かったと述懐している。父親ともほとんど一緒に住まず、学生時代に親戚にも勘当されている。そんなバックグランドが原因で、集団に属するのではなく、「自分を起点とする人間関係」という生き方をするようになった。ジ・コット博士との出会いなどは、いい例だ。少年期の彼は、栄養失調による病弱や、親戚の家での「よそもの感」に苦しみ、自殺未遂まで起こしている。そんな彼を変えたのは、「中学のころ」に登場する、中西巴との出会いではないだろうか?自分と違う出自の彼との交友は、新たな地平をきだに与えたのではないか?集団に属さない彼は、権威・権力に対して自由だ。学生時代でも、親戚の頂点にたつ叔父に対して屈することがなく、政府の使節団が全員同じ帽子を被っていたことに対しても「人間不在の帽子の行列」と皮肉っている。権威・権力から自由であるきだは、自分の感じ方・経験に素直である。その考えを他人におしつける感じもないのだけど、逆に、読者は説得力を感じるのではにだろうか。語学を教えていたことも分かるように、かれは知識人でもあったように思える。それでも「脱インテリ、野生主義者」と自任する彼の行き方には魅力を感じてしまう。


◆特徴   
・時系列は飛び飛び 
・「おまい」という二人称を使用 
・バックグランドとしてのホームがない。 鹿児島、台湾、東京、学校。居場所がない。「おまい」を起点とした人間関係。 (しいて言えば、アテネフランセがそうかも?) 
・豊富な交友関係 


◆メッセージ
・経験はしばしば論理や理屈より強い説得力を持っている(P107)
・自分は絶えず、再生と前進のため破壊すべき何かである。(P172)
・人間不在の帽子の行列 (P150)
・長生きしよう。(ラスト)