NZから帰って、次の海外は、

母とシンガポールだった。


突然「キレイそうだから」という

母らしい理由のもと、3泊4日の旅はスタートした。



確かに、街はそこそこキレイだった。


・・・けど、私にはあまり魅力を感じない場所だった。



素晴らしい景色が広がるわけでもなく、

そこでしか味わえない料理があるわけでもなく、

ホテルのスタッフは片言の日本語も喋れちゃったり、


マーライオンは意外とちっちゃいし、

ラッフルズホテルはホテルだし、

日本企業も結構参入してるし。。




ああ。



刺激が少なすぎたドンッ






衝撃的だったのは、

今はどうか知らないけれど、

シンガポールへガムを持ち込んだり、

電車の中でガムを食べたり、

外でガムをはき捨てるのが法律で禁じられていた事。

懲役とか、30万以上罰金を取られるって聞いてビックリした。

ガムで。







一番の思い出。



初めてスターフルーツを食べた。

星型だった星


夕方、彼と再会した。


翌朝、私は日本へ帰国。

時間ばかり気になっていた。



一緒に外を散歩することにした。

クライストチャーチは、名前の通り大聖堂があって、

ゴシック様式の建物が点在していて、

すごくステキだったけど、

石畳でちょっと歩きづらかった。



でも彼と時々手をつないでは、

見つめあってばかりいた。



今夜は一緒に過ごせるのかな。。。お月様










・・・が、残念なことに

彼にはツレがいた。



彼のイトコ。

後に私と親友となる女のコ。



・・・が、すぐ近くで見張っていた。

ので、何事もなく、朝はやってきた晴れ





出逢ったばっかりで、もう離れ離れになるのかと思うと、

辛くて仕方がなかった。



だけど、この恋がずっと続くなんて、

勿論思えなかった。

離れる=終わるとしか、思えなかった。



でもきっと、縁というものがあるのなら、

また必ず逢えると信じて、

彼の前では泣かないで、さよならした。




空港まで見送ってくれた彼が、

フェンスに上って、

飛行機が飛び立つまで、

ずっとずっと手を振ってくれていた。



その姿は、十数年たった今も、

脳裏に焼き付いて、

鮮明に覚えてる。




飛行機の窓にへばりついて、

泣きながら

私もずっと手を振っていた。

見えないと解ってても、

ずっと振っていた。





ホームステイを始めたものの、

もともと英語は学校で習っただけだし、

これといって得意なわけでもなく、

ちょっとシャイだったこともあり、

ホストファミリーとロクにコミュニケーションをとらないまま、

毎日過ぎて行った。




生まれて初めて、スノボをしたのも、NZだった。スノーボード


滞在中は毎日のように、朝早く雪山行きの小さなワゴンに乗りこんで、

1~2時間かけて、何人かで山に行った。


途中、ヒツジの群れがいると、

群れがどくまで何十分も『ヒツジマチ』をした。ヒツジ


ヒツジの方が優先で、

人口よりもヒツジの数の方が多いと言っていた。ヒツジヒツジ



雪山から帰ると、

近所のきれいな湖のほとりでたわいもない話をして、

暗くなるとお家に帰った。




生まれて初めて、サザンクロスを見たのも、NZだった。星空


その湖のほとりで、あれがサザンクロスやでと教えてくれた人に恋をした。

とてもスノボが上手い人だった。





スーパーで売ってた、KANGOというアプリコットのお菓子がすごく美味しくて、

毎日のように食べていた。


おうちの夕ご飯では、必ずと言っていいほど

マッシュポテトが山盛りで、

「遠慮しないで」と言われていたけど、

遠慮したくなる量だった。



帰国の前日の朝、滞在費をまとめてママに渡したら、

「今夜はスペシャルディナーにしなきゃね!」

と、はりきっていて、

夕方ファミリーで車で出発した。


2時間ほど車で飛ばし、

少し大きな町に着いた。



ママが笑顔で「さー、食べなさい!」




・・・ハンバーガー???


・・・これ、ハンバーガーだよね???ハンバーガー




ファストフードのものではなかったけど、

どこからどう見ても、食べてみても、ごく普通のハンバーガーに違いなかった。





そうか。

そうか。

うん。





そんな感じでホームステイは終わった。家



次の日、来た時と同じ、小さな飛行場から、小さなセスナで飛び立った。

でも、一人・・・ではなかった。


滞在中に出会った恋をした人も、

クライストチャーチまで用事があるといい、

彼は車で、私はセスナで、

後で待ち合わせをすることになった。


日本へのフライトは翌日で、既に日本からホテルを予約していたので、

まさか彼と一泊?!


・・・叫び





つづく。

セスナから見た景色は、この世のものではないほどキレイで、

特に山間に所々見える湖の色は、アクアマリンというか、

大地に宝石が散りばめられたようで、神秘的すぎて、感動を覚えずにいられなかった。指輪




いろんな事が起こって、初めてで、ちょっとパニックで、

降りた時に寒くてビックリしたあせる



「あ、ここは冬だった」雪





慌ててスーツケースからフリースを引っ張り出した。


その小さな小さな飛行場に、友人がホストマザーと迎えに来てくれていた。




結局到着までは、日本を出てから、24時間以上経っていた。








ワナカはとても小さな町で、

でもどこの景色を切り取っても絵になるような、

ステキな街だった。


そんな小さな町に、同年代の日本からの留学生が8人いた。



後に

その中の一人と大親友になり、

その中の一人と激しく恋に落ち、

その二人と一緒に交通事故に遭う、

ことになる。爆弾



その話はまた今度しよう。




私の場合、旅先での出逢いが、その後の人生にとても影響する。

人との出逢いは、財産だ。


毎日コツコツ書いてみようドクロ音譜


丸ちゃんとお別れして、(今度はニコニコで)

クイーンズタウンへ移動。ちょっと小さな飛行機になった。


その後乗り継ぎを待ってたら、地上勤務風のおばちゃんが、

「ワナカ行きの人はついてきて~」

と言って、のこのこついていくと、


ん?滑走路?・・・を歩く?!



「コチラデース!」

と言われた飛行機は・・・・セスナ!!





8人乗り位のそれに、操縦士と、外国人カップルと私しかいない。。。



えええええええっ



・・・動揺を隠せません。



「コレツケテー!」


当たり前のように渡されたのは、ヘッドフォンヘッドフォン

(て言うのか知りませんが)

こっ、こういうのつけちゃうんだー。



やだー、トムクルーズみたいじゃんー。

やだー、あの映画の音楽思い出しちゃったー。



かぽ。(つけた)




「ナニカアッタラ、コレデハナシマース!」

なかなかカッコイイ操縦士はヘッドフォン越しに言った。


なので、ここはアレしかないだろうと思い、やってやった。

グッド!ビックリマーク


グッド!!!・・・帰ってきた。笑




そしてさくっとセスナは飛び立った。つづくー。



ああ、もう5日も経ってしまった汗

毎日少しづつでもいいから書こうって決めたのに。。イヤンキスマーク




気を取り直して~目アップ


私が初めて海外に行ったのは&初めて一人旅をしたのは、

19歳の夏ヒマワリ 専門学校の夏休み。


高校の時の同級生がNZへ留学をしていて、

その子に紹介してもらい、半月のホームステイ。



うどん屋さんでバイトして、コツコツ貯めたお金で、まずは航空券を購入。


NZへはいくつか航空会社が運航してるけど、

価格と評判、チャイナ系は避けて、シンガポール航空に決定飛行機

往復航空券15日FIXで20万位だったかな。


というのも、ちょっと高めだったのは、

成田⇒シンガポール(経由)⇒NZ(クライストチャーチ)⇒クイーンズタウン⇒ワナカ

と、乗り換えがあるのは知ってたけど、NZ国内線で最後はセスナに乗る!


・・・というのは行ってから知ったガーン



成田までは両親に車で送ってもらい、(今思うと、よく行かせてくれたなぁ)

まずシンガポールまでは7時間弱のフライト。


その時に飛行機も初体験だったから、ガチガチに緊張してた私に、

優しくしてくれたのは、3人席でたまたま隣に座ったOLさん2人組おとめ座おとめ座



この人たちがいたから、その後意外と一人旅での出逢いって良いな、と思えた気がする。

何のたわいもない話をしてただけだけど、安心できて、思ったよりあっという間に着いたヒヨコ


そしてお礼を言って、(泣いてしまった)お別れしてパー、乗り継ぎ。



今度は5人席の窓側。

の、通路側にはアジア系男性。離れて2人だけ。

前後はNZ人だろうなー、の人たち。


さっきのフライトで、また誰かと話したい衝動に駆られてる私。


どう見ても日本人に見えないその人に、

恐る恐る「ニホンジンデスカ?」(なぜか英語風)と訊いてみる。


「そうですよー」


なあんだ。満



この日本人離れした男性は、1つ年上の大学生で、やっぱりホームステイに行くところだった。

丸山さんだったので、丸ちゃんと呼ぶ事にして(勝手)、

この後数年、交流が続く事になる。


でもこの飛行機、乱気流だらけで揺れに揺れ、ホントに死ぬかと思ったショック!

丸ちゃんがいなかったら、だいぶダメージを受けていただろう。。


この場を借りて、あの時はありがとう、丸ちゃん。キャンディー

(今は農水省にお勤め) これ見たら連絡して。笑



長くなってきたので、今日はここまで~。

がんばって明日も書くぞ~レンチ

今年は一つずつ旅の思い出を綴る決意をしました!

だから今までの日記とは違う形で、毎日更新目指します!


~自己紹介~

家族が旅行好きだった&TVのADをしてた頃に地方ロケが多く、国内は全都道府県制覇☆
海外は転職の合間に、1~2ヶ月間何となくテーマを決めて『アメリカ横断』とか『中国縦断』とか『ヨーロッパ周遊』などなど30カ国ほど巡りました。
でも旅をするために仕事をする(=お金を稼ぐ)、という考え方はあまり好きではありません。仕事を楽しんで、次にキャリアアップするためのリフレッシュする時間であり、自分の世界を広げる為に旅に出ます。そして行った先で宿をとりながら、暮らすように旅をするのが好きです。
私にとって、特に旅先での出逢いは宝です☆

私の印象に残っている国や都市は…
■エジプト危険・警告
一生に一度は生ピラミッドを見るべき☆(足腰弱くなってからじゃダメ!若いうちに行って!)そしてラクダに乗りましょう^^。行く前はちょっと怖いイメージがあったけど、あんなに友好的な人種は珍しいです。外国人は目が合うと微笑んでくれる人も多いけど、エジプトはニカーッと笑って手まで振ってくれます。カイロは市場も充実してるし、物価も安いし、食事はハトばっかりだけど、将来暮らしたい。
■スイス腕時計
ヌーシャテルの湖畔の山小屋で食べたチーズフォンデュは、一生忘れない美味しさでした。雪解けの頃、氷河特急に乗り、ハイジが今にも走ってきそうな景色に感動して、一人泣いてしまいました。景色を見て涙したのは、後にも先にもスイスだけだと思っています。
■タイ魚
繁華街に子象が歩いていました。もちろん観光客相手に撮影料を取るのが目的ですが…。同じ道端には、足のない人々が台車を足代わりにして物乞いをしていました。
市バスの運転は世界一?荒く、前を走る車のバンパーにぶつかって車内で人が転がっても、そのまま走り続けたのには吃驚しました。
■イタリア獅子座
ローマのカメラ屋さんでナンパ?され、これから授業だから着いてきなよ、と言われ半信半疑でついて行ったらそこはローマ大学☆当時私はTVのADをしていたのですが、このナンパ男、放送学の教授でした。授業は勿論イタリア語で解らなかったけど、良い体験でした^^。その後食べたピッツァマルゲリータは、一生忘れない感動の味でした☆

好きなスポーツはバスケバスケットボール(小4から高3まで&社会人チームにも入ってた)とスノボスノボ(19歳の夏にNZで初めて滑って目覚めた)。

あと旅がしたくて『あいのり』のオーディションも受けたことアリ(←4次面接通過)。TVに出てた“りぃ”は面接の時、隣の隣に座ってました。。。


嫁に行ってから&娘を産んでから、一人旅は難しいけどこれからまたチャレンジ☆

そんな私ですが、どうぞよろしく~。

こんばんは(^^


今日もタイ話。 t8  ←こういう建物が多い。


前から憧れてた、アユタヤにバスで行きました。a1


~豆知識ひらめき電球

 1350年にアユタヤ王朝の都として築かれたアユタヤは、水運を利用し、近隣だけでなく中国、ペルシャ、遠くヨーロッパとも交易を広めました。最盛期には東南アジア最大の都市へと発展しました。
 17世紀には日本と御朱印船貿易により、1500人が住む日本人町も形成され、山田長政が傭兵隊長として名を馳せました。
 アユタヤの王は上座仏教を信奉し、都に数多くの寺院や宮殿を建立。今日残っているほとんどは、都ができて150年の間に建てられたものです。
 35代にわたって続いたアユタヤ王朝も1767年、ミャンマーの軍勢によって滅亡します。現在のアユタヤは、この侵攻により廃虚となった遺跡が残され、当時の面影を伝えています。


t7 

  a2


アユタヤは、東西約7km、南北約4km、四方を川に囲まれた島状の街なんだよ。



そういえば、バスで降りた途端、現地人に「ハイ、チーズですね~!

などと言われて、写真をばしゃばしゃ訳も解らず撮られたカメラ

観光して、ほんの数十分、入場口のお土産屋さんでその正体が明かされた。


・・・写真付き「皿」になっていた→「しぇんえんダヨ~!ヤスイヨ~!ベル

周りにアユタヤ的~なロゴと絵が入ってる。。。宇宙人


日本の遊園地で、よくジェットコースターで叫んでる写真を買う人がいるけど、

「ああいう人の気が知れないよ」と思っていたが、

なんか、このアユタヤにこの皿が残っているのもヘンな気分だし、

それ以前に割られてしまうのかと思うと、いたたまれない気持ち(?)になり

買ってしまった。。。ガーン


t4  ←暑さで犬もうだうだしてるわんわん

でも皮膚病が多いので、触っちゃダメ。


そんな思い出が残った、アユタヤだったのでした~UFOt9




タイには2回行ったよ。

最近では、2~3年前くらいかなクマ


t1  ←タイといえば・・・『ワットポー』でしょおやしらず(なぜか後ろアタマ)


ツアーなら必ずといっていいほどコースになっている、観光スポット。
1788年に建てられ、タイ最初の大学でもあったんだって。

長さ46m、高さ15m の金色の仏像は圧倒される大きさで一見の価値アリです。
タイで観光客に一番有名な仏像でしょうw メモ


タクシーやトゥクトゥクのおやじに、近くを歩いてたら「今日は休みだよ」とか言われるけど、

大体ウソあせる「その代わりにゴールドを見ないか?」とか「いいジャケットがあるよウサギ」などと

言われ、店に誘導されますガーン


t6  ←庶民のアシ、トゥクトゥク。乗り心地はまぁまぁねこへび

何語でもいいので、とりあえずコミュニケーションをとるのがボッタくられないコツかな。。


それから、意外と使える速い&安い、水上バス船 → t11

川のそばが栄えてるし、船旅を楽しみながら、寺院などの見どころもたくさん見れる。

何十円の単位で、結構遠くまで乗れちゃうのです王冠2キラキラ

t3  ←船からのNO1ショットカメラ お洗濯は世界共通ですいちご


それから、街中は、こんな感じの屋台が多いですナイフとフォーク t5

みんなカーオ・パット(焼き飯)やら、トムヤムクンやら、食べるのです。

100円もあれば、結構お腹いっぱいになるよ ニコニコ

t12 あとは、スーパーのフードコート(地下とか)でも色々食べれるラーメン


ちなみに食べてるのは、タイ焼そば(パッタイ)。ナムプラ-ベースの甘辛酸っぱい味が特徴で癖になるのだ。

屋台に比べると多少高いけど、それでも150円位でがっつり食べれます~お茶






先日、足寄までいってきましたぁ★


前々から何度かチャレンジしていたにも拘らず、

いつも閉館の『動物化石博物館』宝石白に やっと行くことが出来ましたぶーぶー


そして展示はもちろん楽しめたけど、  k2


それ以上に面白かったのが、“レプリカ作成”(\200) 手裏剣

何種類かある化石の見本から、好みのものを選び、


石膏をシリコンの型に流して、30分程で固めて、

お持ち帰り~というもの→  k4


コレがっ☆簡単で面白いっラブラブ



私はイギリス&ドイツ産の小アンモナイトを作りました。 とかげ


中生代ジュラ紀(1億5000年前だって!)に生きていたであろう物体☆



また建物自体もオシャレで、エントランスに“化石風”な石が ゴロゴロあったり、


全体的に窓も大きくて、明るい感じ。k1




足寄(アシヨロ)、で見つかったから「アショロア」ってネーミングも可愛いけど、


復元図がまたキュート♪だったり音譜
古代ロマンをヒシヒシと感じたのでした~ラブラブ!  k3