いま、お気に入りの千曲川のほとりに座っている。
目の前には、真っ直ぐに流れる力強い本流と、岸辺でゆっくりと渦を巻く淀み。
その両方が混ざり合いながら流れていく景色を眺めていたら、ふと昨日浮かび上がった「清濁併せ持つ」という言葉が、胸に落ちてきた。
以前の俺は、何かを手に入れた瞬間が喜びのピークで、そこから熱が冷めていくことが多かった。
でも、最近の俺は違う。
手に入れた時よりも、時間が経つほどに、だんだんと「好き」の温度が上がっていく。
この白いTシャツの左胸に留まっている、ヤマガラのピンバッジ。
先日、善光寺のびんずる市で、たまたま再会したじゅんこさんから買ったものだ。
見た瞬間に「可愛い!」と思って手に取ったけれど、今はあの時以上に、この子が愛おしくてたまらない。
よく見ると、ヤマガラの輪郭は金の糸で、細かく、細かくかがり縫いされている。
どれほどの手間と、どれほどの時間が、この小さな体に注がれたんだろう。
そこにあるのは、効率や打算じゃない。
作り手であるじゅんこさんの、溢れるような「愛」そのものだ。
今日、家を出る時。
縁側で吊るし雛を作っていた母親に、つい声をかけた。
「これ見てよ、いいでしょ。知り合いから買ったんだ」
今まで、自分で買ったものをわざわざ母親に見せるなんて、一度もしたことがなかった。
でも、今日は「つい」見せたくなった。
手仕事の喜びを知っている母親なら、このヤマガラの奥にある「愛」を分かってくれると思ったから。
「ヤマガラだね。いいじゃない」
その一言が、なんだか無性に嬉しかった。
今の俺は、誰かの顔色を窺う「いい子ちゃん」を卒業して、
腹が立つ奴には腹を立て、好きなものは全身で好きだと言える。
自分自身と結婚して「0」になったからこそ、
じゅんこさんの愛やお母さんの真心といった「本物」が、
以前よりもずっと鮮やかに、心に響いてくる。
世の中は今、とてつもない速度で変わり始めている。
組織や肩書きという鎧を着込んだ「偽物」が剥がれ落ち、
自分の「好き」を知っている者だけが光を放つ時代。
俺は、このヤマガラと一緒に、
自分だけの道を、千曲川の流れのように堂々と歩いていこうと思う。
ありがとう。










