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It became it so why

VF5Rブログではなくなりました。


 賢明なる読者の皆様ご無沙汰しております。


いつまでも書かないブログを残すのもどうかと思いましたが。

2008年11月11日から約1年書き続けた物を消すのも、過去の楽しかった思い出を(ネット上だけとはいえ)抹消するのも、本意ではないので、表向きはこのエントリーを永久トップページに置き今後の更新活動は停止して、アメーバブログはピグ専用、新ブログは自分なりの攻略専用としたいと思います。



と言う事ですでに1名新ブログのリンクを貼って下さってる方はいますが。

逆にこのアメブロをバーチャブログ(ウルフ)としてリンクして頂いた皆様には大変ご面倒ではございますが

リンクの打ち切りの方を宜しくお願い致します。(別に残してもいいですけど何も生まれないよという意味と、

特に高水準で攻略している方々には本当に申し訳ないから)



新ブログは探そうと思えば簡単に見つかるからこそ、ここにはURLを記載しません。

今後も『神楽坂ウルフ』という非常にめんどくさい人間とネット上ならギリギリ付き合える。万年者レベルのウルフ攻略でも無いよりはマシ。という稀な方のみ、ご自由に検索、閲覧、隠れROMして下されば幸いです。



というか実際ネット上のルールは非常に曖昧で、実名で恐喝・殺人予告でもしない限りほとんどの事が許されておりマナー・ネチケットなんて言うのは個人のモラルに一存されていると思っていますし、僕自身もそれを遵守せず、且つその後の後始末の仕方がキッチリしていなかったからこそ、当ブログもこういう最後になったと自覚しております。




誰がどこから読んでいて、どこかでバーチャをしていたのを誰がどう感じながら見ているかなんて、全部が把握出来る訳もないし、そもそもそんな事気にしていたらやってられません。



例えば自分の勝ち動画で相手が身内でもないのに、いや身内でも承認を得ずRNそのまま出して載せてる時点で(ちゃんと消してるアップ主は別)全ての対人戦掲載動画ブロガーは殺意の対象になっているかも知れない。

コンボがキレイに入ったからでも、自分としては楽しい対戦だったからとかの理由や、その時の相手と笑顔でサツアイしたから大丈夫(でも未承認)ってのも安全な根拠にはならない。

極論で言えば本当はその相手がいわゆるキレてる危ない人で、次ゲーセンで遭遇したら刺されるかもしれない。

そんな訳ないじゃんって思うけど、そういう事件があったらきっと「怖いよね」と言いつつ納得するでしょう?




でも誰もそんな事心配しながら動画選んだりしてませんよね?





何故か?




本質的な人の優しさとか、それこそ対戦中の空気とか、ちょっとでもしたならその会話での印象を信じてるから。

実際にクレーム来て消した人もいるでしょうけど、逆に相手からしたら負け動画だけど「勉強になった」「反省するところが解って助かった」「あの試合負けたけど楽しかったから動画撮りたかったんだけど、楽しすぎてPKG押し忘れてて撮っててくれて嬉しかった」って後々言われた人のが多いと思います。


まったくバーチャやらない人、やってもほんの息抜きって人からすれば結局のところ[たかがゲーム]でしょう。

でもこのバーチャファイターって[たかがゲーム]には、一人でKOT永遠やってるだけより楽しめる遊び方があるんです。





人との交流





他のアーケド用対人ゲームがどの位交流してるのかは知らないけれど、僕が農村杯後の約1年で周りで見て、実際自分が体験してきた感想としては、


バーチャファイター界は人と人の交流で出来ている。

そしてそれは[たかがゲーム]のレベルでは決してない。




でもソレを押し付けるって事じゃないですよ。

明らかに一匹狼で、強さに関係なく楽しんでる(見ている限りでは)方もたくさん居ますし、それこそ個人の自由ですから。



その交流は楽しいけど、そこはバーチャルの世界から出た、現実世界。

そして現実世界には先ほどのネットルールどころではない数多くの制約と一般常識というモラルが必要で、これがまた非常に難しく、細かい所まで全部が守れて手の届いてる聖人君子みたいな人はそうそう居ないと思われます。だって人間だもの。



自己顕示欲や自己中心的な考えに、打算、損得勘定、プライド・・・いろんなモノが入り混じった汚い生き物。



その反面、自己犠牲、感謝の気持ち、愛情、思いやり・・・たとえ胡散臭くてもそういう素晴らしい面も持っている。


そのバランスをもって各々が交流してるんだからそりゃイロイロあるよねって話。


でもさ、意地の張り合いとかでいがみ合って、周りが気使ってって、何かもったいなくないですか?

初めた時の交流がその周りも含めてたら尚更。


そりゃ直接関係のない家族や知り合いが巻き込まれたとかだったらダメだけど、対自分であったらこのラインまではOKっての超えてなければ、1回頭下げて水に流したらスッキリするでしょう。

(もちろん謝って済む問題ではない事も世の中にはあるが、ソレは別扱い)



そして、この人とは生理的に合わないな(交流できないな)と思う、思われる事が実際にあるのも悲しいかな事実。


バーチャ界だけでも「関わってる人全員仲間・利害関係無し」って出来ないようじゃ、世界平和なんて程遠いって思えてもきますけど。


まぁ気持ちの持ち方から変えて行くしかないとも思います。





なんか最後までまとまりない&グダグダでしたねw



最後まで読んでくださった方はありがとうございました。



でもパソコンの前で

「また神楽坂が意味わかんない、めんどくさい事書いてるよ」
って思ったあなた。


では聞きますが、あなたのバーチャ的交流の全てはめんどくさくなく意味の在るモノですか?
僕が言う事でも誰かが言う事でもないのかもしれないけれど。





まぁ最後なので自由に書かせてもらいました。





バーチャの対人戦と同じで[交流]と言う名の対人戦も、正解の無いゲームなのかもしれない。


全てのプレイヤーの数だけ対戦時の考え方があるように、交流しているプレイヤーの数だけ交流の仕方もある。


そしてソレは他人が肯定する事でも否定する事でもない。


人には人の数だけ生き方があるが、自分以外の他人の人生は生きられないように

どんなプレイであれ、そのプレイヤーの交流も含めたバーチャの全てはそのプレイヤーしか操作出来ない。



それだけの事だ。





人生WOバーニングハンマー-世界は広い




Au revoir.