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It became it so why

VF5Rブログではなくなりました。

 新しい年を迎え、今年も皆様にとって良い年でありますようにと思いつつ昼の陽射しがやや暖かい。


さて本日2010年1月23日0、1、2、3 と並んだところで心機一転、新しいブログを書こうかと思います。


以前書いていたバーチャファイターに関する記事は残してはありますが、別のブログで書いていますので、

ここには全くソレとは関係ない事を書いていこうかと思います。



アメーバに限定すれば、ここ半年ピグ(アバターによるチャット交流など)で様々な人達と会話しました。文字で。

匿名掲示板とは違うけど現実とも違う世界、ただ見た目がどんなにフザけた2頭身のキャラで、打たれている会話の内容が取り留めのない事や非現実的な事でも、ソレを打ち込んでキーボードを叩いてモニターの前に居るのは、、まぎれもない人間だという事です。


コレはTVを見ている時に似ているかもしれません。

例えば「24」日本とは違う海外ドラマの中で世界を一方的に見続けている。FBIでもなければアメリカ人でもない自分が一生関わる事が無いかもしれないテロ対策を見ている。


意味なんてあるのでしょうか?


そもそもTVの単方向的な放送に、ニュースとかは別にして受信者側に意味はあるのでしょうか?

全ては娯楽?

じゃあチャットはコミュニケーションだから娯楽じゃない?


人と人が向き合って会話するのだけが全てのコミュニケーションかと言ったら、答えはグレーゾーンでしょう。


殺伐とした世の中になっているから対面会話すら危険なのかもしれません。


きっと時代によって様々なコミュニケーションの形があるという事でしょう。


僕はソレに喜んで首つっこもうとも思いませんし、誰とも関わりたくないとも思いません。

表現・言論の自由を高々と掲げたいとも思わないし、失ったとも思わない。


つまりは程ほどに自由にやらせてもらいますという事。

別に今までもおもいっきり自由に生きさせてもらってますけど。

ただ、そこには妥協や譲歩や信念や状況や、なんだったら時代も含め全ての事柄が絡み混ざり成り立ってきたのだと思います。


【人間は一人では生きられない】って言うのはそういう意味なんじゃないかなと。




ということでボチボチ気が向いた時に、自由に書こうかと思いますので、完全な暇な人推奨ですが、どなたでも御自由にご覧下さい。


取捨選択は個々が決める事。

うちのおかんはよくそう言って、子供の時から僕に責任を負わせた上で何でも自分で決めさせていたものです。



中二病なんてよく言いますが、人格形成の基礎が出来上がるそれ位の時期までに、いかに親がどう育ててきたかだと思いますよホント。