<< 闘争本能 >>
とりわけ闘争本能の強い犬がいる。
人間によってその本能を先鋭化された犬種がいる。
徹底的にその本能を肥大化された犬種がいる。
そういう犬の闘争本能を甘く見てはいけない。
はっきり言って、それは「躾け」でどうにかなる次元では無い。
もちろん的確な躾と深い愛情は絶対に不可欠であるが。
だがその特殊な本能領域は、躾領域とは話が別なのである。
もし飼うこととなったなら、その本能を完全認識することである。
その本能の「事実」を承知した上で、それを覚悟して飼うのである。
もし本当にその本能を理解できた人ならば、
その人は万全の配慮で飼育するはずである。
躾が成されてからも、その配慮を怠らないはずである。
対話が成されてからも、その配慮を怠らないはずである。
その本能が、「別の話」であることを知っているからだ。
躾でどうこうなるなら、まだ「普通」の次元である。
だがそういう次元を超えてしまうほどに、
徹底的に容赦無いブリーディングが行なわれてきた。
「普通」を超えるために、無慈悲にブリーディングされてきた。
そこら辺の事情を、完全に認識しておくべきなのである。
その特殊な本能を理解してあげることが、
それがその犬に対する本当の愛情だと思うのだ。
なぜそういう犬種が造られてきたのか。
それは人人が求めたからである。
人人が求めたから、そういう犬種が造られたのだ。
だがそういう犬たちも、普段は普通に可愛い場合が多い。
極めて忠実で、命懸けで主人を護ろうともする。
深い感性と深い感受性を持った素晴らしい愛犬となる。
だがその特殊な本能は、それは「別の話」なのである。
まず、それを理解することが重大である。
その上で、真の愛情が不可欠となる。
それが無ければ、飼主でさえも危うくなるだろう。
だが売り手は、あたかも「誰でも飼える」みたいに言う。
だから不測の事態が後を絶たないのである。
あるいは「厳しく躾けて徹底的に服従させること」とか言う。
だがそれは一歩間違えれば理不尽極まる非躾となり、
まったく逆の結果を引き起こす場合もあるのだ。
躾の解釈を服従の解釈を、著しく誤る人も多いのだ。
もし剛胆な雄の闘犬種が心を閉ざせば、
ほとんどの飼主はお手上げ状態となるだろう。
闘争本能を徹底的に先鋭化された犬とは、
主に「闘犬」とか「格闘猟犬」である。
世界中で闘犬が行なわれているが、
「デスマッチ」さえも行なわれている。
一方が死ぬまで、人間が続行を強制するのだ。
闘犬は試合中は、全身を「鎧」のように固く引き締める。
そうでないと、たちまち肉体は破壊されていくからだ。
「全身を鎧のように固く引き締める」ということが、
それがどういうことなのか、自分で試せば分かるはずだ。
頭の先から爪先まで、渾身の力で固くしてみればいい。
貴方は何秒持つだろうか??何分持つだろうか??
闘犬たちは、その状態を延延と続けるのである。
格闘猟犬は、普通の猟犬のことでは無い。
「ポイント:セット:レトリーブ」のことでは無い。
獲物を執拗に攻撃する猟犬のことである。
闘犬や格闘猟犬の「練習」の様子を知れば、
それが普通では無い領域だと分かるはずだ。
彼らは長い長い年月に亘り、
異常な闘争心を要求されてきたのである。
そしてそれは無慈悲な淘汰の歴史でもある。
闘犬や格闘猟犬でなくとも、闘争本能の強烈な犬はいる。
そういう犬が闘争に入れば、分けることは相当に至難だ。
ここで言う「分ける」というのは、無事に分けるということだ。
仲裁人が過剰な手段を用いれば、両犬が余計な怪我を負う。
無闇に無謀に離そうとすれば、両犬が余計な怪我を負う。
そんな「余計な怪我」を負わせることは絶対に避けるべきだ。
たとえば叩いたり蹴ったりは、愚の骨頂である。
そんなことをしても何の意味も無いのである。
その闘争を最小限のダメージに抑えて両犬を分けることは、
それは極めて難しいことであるが、それを目指さねばならない。
片方の犬だけを離そうとすれば、それも危険である。
なぜなら、もう片方も極度に必死だからである。
片方を離した瞬間に、今度はその犬が咬まれるのだ。
だからなんとしてでも、同時に両者を離さねばならない。
同時に両者を離さなければ、さらなるダメージを生むのだ。
もしそれを一人でやるとなると、それは至難である。
それをやってきたが、なぜやれたのかは憶えていない。
まさしく「無我夢中」だったのだと思う。
なんとしてでも無事に分けねばならない一念だった。
今思えば、その一念が、犬達に通じたのだと感じる。
「その一念」の力を普段から高めておくことが重大であると、
それをつくづく実感してきた次第である。
これは観念論ではなく、現実論なのである。
「その一念」というのは、ほんとうに実在するのだ。
ただし、自分も怪我することは多かったが。
それは承知の上だから、咬傷には入らないが。
幸いにも、手の腱が切れたとか、それは無かったが。
それは全く幸いであったが、手に牙が入ることは多かった。
そういう場合は、とにかく流水で完全に傷を洗浄する。
とにかくそれが重要である。薬を塗るとかは二の次だろう。
なぜならばその局部は、
まずは雑菌を排出するために多大な労力を費やすのだ。
その余計な過程を、洗浄によって省いてやるのである。
その過程を省いてやることによって、回復は格段に早まる。
しっかりと水で洗浄して、傷が深ければ包帯で固定する。
いずれにせよ、まずは洗浄である。
私の場合はそうだった。ほかの人は知らないが。
しかし思うに、「その一念」があれば、
己の怪我も最小限に食い止められるように感じる。
それが無ければ、もっと大きな怪我になっていただろう。
昔昔、我家の犬達のほかに、
いつも30頭くらいの犬達を調練場で調練していた。
もちろん深く相性を洞察して、いくつものグループに分けた。
もちろん個体によっては、一頭で行なう場合もあった。
犬達のメンバーは時期が来ると変わるから、
トータルすれば相当な頭数であった。
とにかく様様な犬種だったが、強力な大型犬が多かった。
この記事は、その当時を思い出して書いたものである。
ところでそこには「実戦血統のピットブル」もいたが、
実戦血統の闘争本能は一般猛犬とは全く違う次元だ。
知らない人は甘く見るだろうが、全く違うのだ。
だからそのピットは、いつも単独で調練した。
彼は忠実な純情者であり、素晴らしい忍耐者だった。
だが「人間」に強制された酷烈無情の闘犬の歴史が、
闘争本能を異常なまでに増幅させてしまったのだ。
私は彼に心からの愛情を注いだが、
彼は普段は実に可愛い「賢犬」だったのだが、
だが彼は犬を見ると、瞬間に目の色が変わった。
それはまるで、獲物を狙う狩猟犬の如くであった。
実戦血統のブリードが、いかに過酷だったかが分かる。
どれほど容赦なく無慈悲にブリードされてきたかが分かる。
そしてまた実戦血統は、もし一旦咬んだら離さない。
練成試合などでは楔形の三角木で口をこじ開けるが、
それとて練達者がやらなければ犬の口とアゴを傷めるだろう。
しかしそれよりほかに引き離す手段は無いのだろう。
だから特に実戦血統犬は、闘争を予防するしかないのだ。
その闘争本能を甘く見ている人もいるようだが、
くれぐれも「予防」を肝に銘じておくべきである。
あるいは実戦血統犬でなくとも、
闘争本能の強烈な犬の場合には、
たとえば散歩の最中で遠くに他犬を発見したら、
道を迂回して「余計な興奮を予防する」ことも考えるべきだ。
それくらいの配慮は、当然のことなのである。
だがそれを心得ている人は、意外にも少ないようである。
もちろん「人馴れ犬馴れ」も重要だが、
普通範疇を超えた犬も存在することを知るべきである。
「興奮」を鎮めることは、かなり難しいことなのだ。
一般の飼主には、それは荷が重い領域だと思うのだ。
それならば、未然に防ぐ方が現実的だと思うのだ。
それにしても、闘犬試合というものは理不尽の極みである。
私は闘犬試合からは、なんの美学も感じない。
「闘いの美学」を、微塵も感じないのである。
実力が接近している犬同士が闘いを延延と続ければ、
そこにはもはや「破壊」しか残されていないのである。
それは「闘い」ではなく、互いの「破壊」である。
互いに破壊し合うことに、美学があるだろうか??
実力が離れていれば、犬同士は瞬間に分かる。
彼らは対峙した瞬間に、直感でそれを察知するのである。
本来ならば、そこですでに「勝負あった!」である。
その対峙の瞬間が、すでに真剣勝負なのである。
あるいは開始早早に、犬が実力の差を覚る場合もある。
そういう場合には、それは必ず「気配」に現われる。
その瞬間に、すでに「勝負あった!」である。
それ以上続けることに、なんの意味があるのだろうか??
そこから先は、「破壊」が待ち受けているだけである。
闘犬たちは、その先も闘いを強制されてきたのである。
どれほど辛かったか。どれほど過酷だったか。
とりわけ海外の闘犬養成の歴史とは、そういう歴史である。
海外の闘犬試合は、実に凄惨そのものだという。
世界には、それを求める人人が無数にいるらしい。
それを求める欲望が認められている国も多いのだ。
根本の問題は、「それを求める人」がいるということである。
それを求める人の心境とは??
それほど血に飢えているのか??
それほど凄惨な光景が好きでたまらないのか??
人間には、そういう欲望が渦巻いているというのか??
あるいはもし闘犬種の特殊傾向を消そうとするならば、
その場合にも、過酷な淘汰が行なわれるだろう。
その特殊傾向が著しく薄まるまで、
延延と過酷な淘汰が続けられるだろう。
その傾向を求めたり、その傾向を消そうとしたり、
命をそこまで弄ぶ権利が、人間にはあるというのか??
■南無華厳 狼山道院■
≪ 2012:05:13 ≫