<<心眼調練>>
 
狼山の野性対話道では、
犬のトレイニングのことを「調練」と呼ぶ。
これは「調和練成」のことである。
私は家族の大勢の犬達も調練してきたが、
昔は依頼された大勢の犬達を調練していた。
「犬の引っ張り癖を矯正して欲しい」という依頼も多かった。
この「引っ張り癖の矯正」というものを多くの人が誤解している。
まずだいたい「チョークチェーン」で締め上げるようである。
締め上げるどころか、「ガッツン!ガッツン!」と衝撃を与える。
そういうことは、何の解決にもならないのに。
もしもとりあえず引っ張らなくなっても、解決はしていない。
「根本」を見なければいけないのに、根本を見る人は少ない。
 
最も重大なことは、
その犬の真の心境を見ることである。
「引っ張る!」こと自体に、犬に悪気は無い。
犬はただ「夢中」になっているだけである。
ただただ嬉しくてワクワクで無我夢中になっている。
そんな時、飼主の声など犬の耳に入らない。
耳に入らないというか、聞く耳を持っていない状況だ。
だからつまり、「聞く耳を持つ!」ということなのだ。
それを犬に教えていくのである。
犬が聞く耳を持って飼主の声を聞けたなら、
その犬は飼主の指示に従うのである。
解決の根本は、
その犬が「そういう境地に入るようになるか?」なのだ。
そういう境地に入るようになるには「野性禅」である。
 
私は引張犬達を調練部屋に入れる。
暫くは無礼講に自由に好きにさせる。
頃合を見計らって徐徐に野性禅に入っていく。
野性禅は人間の「坐禅」とはスタイルが違う。
それぞれに各自が落ち着けるスタイルを赦す。
肝心なことは「禅境に近づく」ことなので、
フリースタイルでも構わないのである。
だんだん犬達が落ち着き始めたら、対話をしていく。
対話というよりも、この場面では「会話」である。
私は中央に坐り、犬の名を呼び、対面で会話をしていく。
調練頭数が多いので時間は限られたが、
そういう毎日を続けていった。続けることが大事なのだ。
そうすると、犬達は「聞く」ということを覚えていく。
だんだん、「本気で聞く!」ということができるようになる。
そもそも「本気で聞く!」という習慣が無かったのだ。
習慣が無かったのだから、しかたの無いことなのだ。
そしてまた「自分の精神を鎮める」ということも教えていく。
犬達は自分では、自分の興奮に気づいていないのだ。
だから「興奮している気持を鎮めなさい」と教えるのだ。
これは会話の中で「諭す」ように教えていく。
そして犬達は、ちゃんと聞くのである。
 
人それぞれに独自の方法があるだろうが、
私の場合は、だいたいこういう方法で教えていった。
野性対話道に関心を抱く人は非常に少ないが、
この心眼調練交感教導を多くの人に知ってもらいたい。
そうすれば「問題」というものは少なからず解決していくはずだ。
問題が解決していけば、飼育放棄も減っていくだろう。
私は犬達を悲劇から護りたい。ただただそれだけである。
 
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<<1988>>
 
■南無華厳 狼山道院■
≪ 2013:11:18 ≫