■ 華 厳 心 経 ■
<< 華厳心経「唯心偈」>>

心 如 工 画 師 画 種 種 五 陰
一 切 世 界 中 無 法 而 不 造
如 心 佛 亦 爾 如 佛 衆 生 然
心 佛 及 衆 生 是 三 無 差 別
諸 佛 悉 了 知 一 切 従 心 転
若 能 如 是 解 彼 人 見 真 佛
心 亦 非 是 身 身 亦 非 是 心
作 一 切 佛 事 自 在 未 曾 有
若 人 欲 了 知 三 世 一 切 佛
応 当 如 是 観 心 造 諸 如 来
応 観 法 界 性 一 切 唯 心 造
一 切 世 界 中 無 法 而 不 造
如 心 佛 亦 爾 如 佛 衆 生 然
心 佛 及 衆 生 是 三 無 差 別
諸 佛 悉 了 知 一 切 従 心 転
若 能 如 是 解 彼 人 見 真 佛
心 亦 非 是 身 身 亦 非 是 心
作 一 切 佛 事 自 在 未 曾 有
若 人 欲 了 知 三 世 一 切 佛
応 当 如 是 観 心 造 諸 如 来
応 観 法 界 性 一 切 唯 心 造
一 念 永 劫 華 厳 空
一 念 無 辺 大 悲 空
*** 阿 耨 多 羅 三 藐 三 菩 提 ***

しんにょこうがし がしゅしゅごおん
いっさいせかいじゅう むほうにふぞう
にょしんぶつやくに にょぶつしゅじょうねん
しんぶつぎっしゅじょう ぜさんむさべつ
しょぶつしつりょうち いっさいじゅうしんでん
にゃくのうにょぜげ ひにんけんしんぶつ
しんにゃくひぜしん しんにゃくひぜしん
さいっさいぶつじ じざいみぞう
にゃくにんよくりょうち さんぜいっさいぶつ
おうとうにょぜかん しんぞうしょにょらい
おうかんほっかいしょう いっさいゆいしんぞう
にょしんぶつやくに にょぶつしゅじょうねん
しんぶつぎっしゅじょう ぜさんむさべつ
しょぶつしつりょうち いっさいじゅうしんでん
にゃくのうにょぜげ ひにんけんしんぶつ
しんにゃくひぜしん しんにゃくひぜしん
さいっさいぶつじ じざいみぞう
にゃくにんよくりょうち さんぜいっさいぶつ
おうとうにょぜかん しんぞうしょにょらい
おうかんほっかいしょう いっさいゆいしんぞう
心は巧みな画家のように、
あらゆることを自在に描く。
心の如くに、佛もまたそうである。
佛の如くに、命もまたそうである。
心と佛と命とは、まったく別無く同じである。
佛たちは真相を知っている。
この世の全ては、心から生まれるものだと。
心が行動を生み、行動が現象を生み出す。
つまりこの世の現象の全ては、心を母体とする。
もし人もまたそのように理解できたならば、
その人は真の佛を見たこととなる。
心は身体では無く、身体は心では無いが、
真相を理解できた人ならば、
心と身体が一体となって一切の佛行を成す。
未だかつてないほどに自在に佛行を成す。
もし過去現在未来の佛を知りたいと望むなら、
もし無辺無量無限世界の佛を知りたいと望むなら、
このように観ずることである。
心が佛を生むのだと。
この世の全てを、心が生み出すのだと。
一瞬の中の永遠の華厳世界を知る。
一瞬の中の無辺の大悲世界を知る。
*** 無 上 真 覚 ***
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この華厳心経を読むときいつも、
心の底から、感動が湧き起こります。
心が何かを直感し、感無量になります。
写真は、毎日の山禅の場所です。
山の動物たちも、ここに来てくれます。
■南無華厳 狼山道院■
≪ 2012:06:16 ≫