<< 胆 声 力 >>
大勢の犬達と暮らすには、
声の力が必要になる。
無闇に怒鳴る大声のことではない。
心胆から炸裂する胆声力のことである。
犬達の集団に於いては、
統率人は刻一刻とその場の「気配」を察知していく。
そして一瞬一瞬に「流れ」を予測していかねばならない。
不穏な兆候を読み取れば、即座に流れを変えていく。
統率人の、ほんのちょっとした挙動でも、流れは変わる。
ちょっとした表現や動作で流れが変わる場合が多い。
だが、その程度では流れが変わらない場合もある。
すでに不穏な流れに入り込んでしまった場合である。
その時には、強い警告が必要となる。
なにしろ、すでに「モード」に入っているのだ。
だから素早く強力な警告が絶対必要となる。
そして「その瞬間のタイミング」が大事なのだ。
最もスピードが速いのは、「声」である。
とにかく声が、圧倒的に速いのである。
なにしろ犬達の動きは速いから、
事態の対処には「スピード」が命なのである。
その時の声は、胆力が声となったものである。
胆力が声に表現されたものである。
だからその声は、単なる声とは違う。
それは「力の声」なのである。
これは「大袈裟な大声」という意味では無い。
単なる「怒鳴り声」では、力の声にはならない。
それでは夢中境の犬の耳には入らないはずである。
統率人の全身の心気を炸裂させなければ、
そういう状態の犬の耳には届かないはずである。
だから日頃から、そういう事態に備えて、
「胆声力」を鍛錬していくべきだと思う。
たとえその声で全てが解決できないとしても、
しかしそれを心得ていれば展開は大きく変わっていく。
それが有ると無いとでは、大きく変わるのである。
その声に全てを託すつもりで、
その声に全てを賭けるつもりで、
そのくらいの気持ちで胆声力を炸裂させる。
そのくらいの気持ちでないと、アクシデントは防げない。
それが強力犬であればあるほど、それが必要である。
そしてその胆声力が有効であれば、
飼主の「余計な実力行使」が不要になっていく。
いつもいつも「余計な実力行使」では話にならない。
とにかく最大の重大事は「予防」なのである。
その前段階で事態を防いでいくことが最も大事なのだ。
ひと声、胆声力を発するだけでも、
それが余程の事態で無ければ、
犬達は瞬時に、目を醒ますのである。
余計な実力行使など不要になるのだ。
■南無華厳 狼山道院■
≪ 2012:06:07 ≫