<< 動中静 静中動 >>
 
「動中静 静中動」とは、
よく武道の世界でも使われる言葉である。
この哲理の元元の出典元は華厳経だと言われる。
 
「動」の核心に、「静」が座している。
いかなる烈しい動きの中にも、深静が端然と座している。
 
「静」の核心に、「動」が潜んでいる。
深静の中に、瞬間応答の動が無言で待機している。
 
どこまでも静かな「静」の状態の中に、
はてしなく鋭いレスポンスの「動」が、
どこまでも静かに潜んで待機しているのである。
 
はてしなくダイナミックな「動」の状態の中に、
どこまでも深い静けさの「静」が、
はてしなく不動に端然と座しているのである。
 
 
犬たちと付き合う時にも、
この「動中静 静中動」の心得が、絶対に不可欠である。
それが無ければ、犬たちに対応できない。
犬の頭数が増えれば増えるほど、それが不可欠である。
たとえば「ドッグラン」で集団を自由運動させる時も、
たとえば無人の深山でフリートレッキングする時にも、
それが無ければ、彼らを安全に統率することはできない。
彼らの集団のスピードは異様に速い。
単なるスピードではなく、変化のスピードが速い。
反応が反応を呼び、
その反応がさらなる反応を生み、
一瞬一瞬にめまぐるしく変化を起こしていく。
その尋常ならざるスピードに対応しなければならないのだ。
だから「呑気な心構え」など通用しない。
通用しないどころか、必ずアクシデントを呼び込むだろう。
もちろん顔は平然を装い通すが、
己の気配も平然を装い通すのだが、
だが全身の全感覚を起動させている。
全感覚を起動して次次に予測する。
次次に予測して、瞬間瞬間に対応する。
瞬間瞬間に対応して不測の事態を予防していく。
不穏な流れの兆候が垣間見えれば、
その流れを瞬時に変えていく。
新たな流れに瞬時に刷新する。
そうしなければ、無事に統率することなどできない。
「動中静 静中動」の心得を、いつでも絶対に忘れない。
 
■南無華厳 狼山道院■
≪ 2012:04:03 ≫