<<野性死に黙祷する>>
 
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山の命に、死の時が訪れる。
山の命は、どうやって死んでいくか。
それをいつも想っている。
彼らは誰に看護されることなく、
ただ独りで死と向き合う。
ただ独りで死と向き合い、
ただ独りで死んでいく。
それがどういうことなのか。
それをいつも想っている。
雪山を歩く時も、それを想う。
どんなに寒いだろうか。
どれほどの孤独だろうか。
老衰すれば食うことはできない。
長い間の飢えの果てに死を迎える。
それがいったいどういうことなのか。
いかに野性と言えども、
いかに大自然の定めと言えども、
なんと厳しい最期であるのか。
ああ、老いた野性の最期を想う。
狐も。鹿も。熊も。猪も。フクロウも。
山の野性たちに、その時が訪れる。
 
仏は彼らを見守っている。
ただ眺めているだけではない。
「大自然の定めだ」などと眺めてはいない。
仏は、彼らと一心同体になっている。
仏は彼らとなり、一緒に死を迎えているのだ。
仏は彼らの魂を抱きながら涙する。
「がんばったね・・がんばったね・・・」と。
「もういいんだよ・・もういいんだよ・・・」と。
そこは光に満ちている。
誰も見たことのない荘厳の光だ。
仏は至高の荘厳で山の命を看取るのだ。
 
自分も祈りを捧げる。
雪山を歩きながら心の中で黙祷する。
全身全霊で生きた山の命たちに、
渾身の生涯を終えようとする命たちに、
この心の全てで、華厳の祈りを捧げる。
卍卍 南無華厳 南無華厳 南無華厳 卍卍
 
自分もいつか、死を迎えた時、
山の命の深奥を知ることとなるだろう。
己の死で、「彼らの最期」の真髄を知るだろう。
その時はじめて、野性対話道が終章に入る。
 
■南無華厳 狼山道院■
≪ 2012:02:06 ≫