


<< 姿無き小鳥の歌 >>
姿無き小鳥の話は、何度か書いてきた。
頭上を、姿の見えない小鳥が舞う。
どんなに目を凝らしても、その姿は見えない。
かなり長時間に亘り、歌いながら頭上を舞う。
もう何年も、その現象が続いている。
声色は、いつも同じだ。
いつも、同じ小鳥なのである。
出現は夜の方が多いが、昼間の時もある。
昼間なのに、姿はまったく見えない。
頭のすぐ上を飛んでいるのに、見えないのだ。
夜中の森で歌っている時もある。
なんで小鳥が、夜中に飛んでいるのか。
しかしそれにしても、その歌は素晴らしい。
いつもその歌を聴いていたいくらいだ。
とてもとても、美しい声なのだ。
その歌が何を意味するのかは分からない。
だがひとつ言えることは、
「小鳥が逢いに来てくれる・・」ということだ。
その声が去ると、とても寂しい気持ちになる。
「重厚な羽ばたきの音と振動」の現象も不思議だ。
この時も、鳥の姿はまったく見えない。
だが相当に大きな、大鳥の羽ばたきである。
感じで言うと、大鷲よりももっと大きい。
そのくらい重厚な音と振動である。
なにしろ、辺りの空気が揺れるのである。
この羽ばたきが何を意味するのかは分からない。
だがそれは、荘厳な気配に満ち満ちている。
写真は、月と不思議な光の玉である。
月を撮ろうとすると、
いつも光の玉が月のそばに寄り添う。
これは星では無い。
一瞬後に、移動しているのである。
≪そもそも旧い携帯カメラに星など写らないのだ≫
何年か前に、月の真下から垂直に、
大きく真赤な光の玉が降りてくるのを見た。
なにしろ一瞬だったので写真に撮れなかったが。
あの光景は凄かった。唖然とするほどに。
この山は、不思議なことがいっぱい起こる。
それが日常となっている。
思議も不可思議も、どちらも事実である。
この山には、思議と不可思議の境界は無い。
思議と不可思議を超えた領域で、
華厳大悲に祈りを捧げる。
***南 無 華 厳 大 悲 界***
■南無華厳 狼山道院■
≪ 2011:10:14 ≫