Polar Eskimo Dog
<< 北 極 の 闘 士 >>
 
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1987: 小さい耳。不屈の眼光。太い首。荒荒しい被毛。
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ライの血族の北極ソリ犬。重厚な骨格。鋼の筋肉。太い口吻。
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ライの父。北極現地のボス犬。全身が歴史の結晶。
北極犬には、幾千年の極限の苦闘が刻まれている。
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北極現地。生後30日の赤ちゃん。限りなく狼に近い。
 
 
28年前に我が家族となった「雷:ライ」は、
北極エスキモー犬である。
北緯70度を超える北極地方の古代犬である。
グリーンランド北部:カナダ北極圏北部に生きた。
その歴史は5000年とも言われている。
生と死の境界上を闘い抜いた命である。
完全に北極犬として進化を果たした命である。
だがこの犬種は、もはや現地でも極めて稀少である。
そしてその実像は未だに世に知られていない。
今は亡き北極の闘士の想い出を綴る。
 
ライは、とんでもなく異質な犬だった。
これまで幾多の犬種と付き合ってきたが、
実にいろんな犬たちと付き合ってきたが、
未だに、彼のような犬は見たことが無い。
とにかく、犬と呼べない犬であった。
私は彼を通して、北極の壮絶さを垣間見た。
彼は最期まで、北極犬魂で生き抜いた。
 
ライはその生涯で、
三回くらいしか吠えたことが無い。
それも「ワンワン」ではなく、「ヴァン!」の一言である。
重く響く低音で「ウォー!」と語ることは多かったが、
吠えることは無かったのである。
それほどに彼は豪胆そのものだった。
要するに、自信と余裕と覚悟の塊りだった。
いつでも命を賭ける覚悟を秘めていたのだ。
ライを見た人は、「おとなしい犬だな・・」と思っただろう。
なにしろ人が何人訪れようと、見ているだけである。
誰もが、「おとなしい」と思うに違いないのだ。
だが実は、誰も彼を支配できない。
彼は誰にも隷従しないのである。
彼は私だけに命令を赦したのである。
しかしこの私も、二回ほど咬まれた。
あまりにも彼が頑固だったので、
まだ若かった私は、「力」で制圧しようとした。
私は相当に烈しく、力を使った。
ライは我慢し、私に抗議もしなかった。
彼は我慢していたが、ある日、ついに怒った。
彼の目が緑色に燃えた瞬間に、腕を咬まれていた。
バットで殴られたような衝撃だった。
その瞬間に、腕が動かなくなった。
私は直感的に、「鎮める」しかないと感じた。
彼の闘争本能に火が付けば、その場で終わりである。
誇張ではなく、一瞬で倒され、殺されるだろう。
それをありありと直感したのである。
<北極地方で御者がソリ犬に殺された話もある>
<馴致不可能に終わった北極犬の話もある>
だから沈着を装い、平然を装い、場を鎮めるしかない。
彼を鎮めることはできたが、しばらく腕は動かなかった。
見れば、牙の穴が黒黒と空いている。
だが彼が本気を出せば、腕を咬み折られていただろう。
もし攻撃なら、そのまま急所をアタックされただろう。
彼にとっては、それは攻撃ではなかったのだ。
それは「警告」の意思表示だったのだ。
強力犬の攻撃力を知らない人が多いと思うが、
防衣なしの人間なら、まず一発で倒されるだろう。
そして倒されれば、それで終わりである。
彼らの「攻撃」とは、そういうレベルなのである。
その後のある日、もう一度、咬まれた。
同じような状況だった。また腕が動かなくなった。
さすがに私は考え込んだ。
この先どうしていいのか、分からなくなった。
だが決心した。
真の対話を目指そうと、決心した。
それが野性対話道のスタートだった。
そしてライは、だんだん別の姿を現してくれた。
私の気持ちを汲み取ってくれるようになった。
我我は互いに、力を用いる場面が無くなった。
彼は自らを譲り、私を立ててくれるようになった。
彼は私を、父と仰いでくれるようになった。
我我はこの野性対話道で、ともに学び続けた。
互いに認め合い、互いに磨き合い、互いに成長した。
 
ライの沈黙の気迫は、尋常ではなかった。
彼はいつも自然体だったが、
唸ることさえ全く無かったが、
だが彼が見つめると、大型の猛者犬も目をそらした。
唸りもせず、牙も剥かず、ただ見つめるだけなのに、
猛者連中が黙り込むのであった。
まったく、驚くべき気迫であった。
なにしろ彼のパワーと瞬発力と素速さは桁違いなので、
そしてアゴと牙の力も並外れていたので、
絶対に闘争させる訳にはいかなかったが、
幸いにも相手がライの力を認めるので助かった。
よく本などでは極地のソリ犬が、
集団行動に適した温和な犬種だと書かれているが、
それはとんでもない誤認識である。
極地の犬ゾリのチームが調和するまでには、
途轍もなく過酷な「プロセス」が隠されているのである。
極地犬は、その酷烈な「牙の掟」の中で生きるのである。
とりわけ古代系北極犬は、その世界で生きてきたのである。
少し前の記事「容赦」で、狼との闘いを書いたが、
確かにライは一敗地を味わったが、
それはあまりにも特殊な話である。
狼の太郎は、とにかく怪物君だったのである。
ライも大型だったが、太郎はさらに二廻りは大きかった。
もしも互いに「同種の戦闘素質」を備えているのなら、
体格の差は、致命的ハンデになるのである。
それこそ決定的に勝負は明らかである。
たとえば大きくても鈍重ならば闘えないが、
太郎は極大型でありながら、
まさに「フラッシュ」のスピードだったのだ。
だから勝負は最初から明らかだったのである。
ライは太郎の一撃で、動けなくなった。
一週間動けないほどのダメージを負った。
だが心身ともに完全に回復した。
精神的ダメージが残っても不思議ではなかったが、
ライはそれを微塵も見せなかった。
本当に、「微塵も・・・」である。
太郎の狼舎に近付く時でも、
ライの尾は、僅か5mmも下がらなかったのだ。
犬の心境は、必ず身体のどこかに現れる。
特に尻尾は、一目瞭然の部分である。
もし僅かでも不安や怖れがあれば、微妙に尾に現れるのだ。
だがライの頭部も背中も尻尾も、まるで以前のままだった。
彼は全く以前通りに、「ボス」の貫禄のままだったのだ。
私はそれを見て、心底感服した。
北極犬の真骨頂を見た気がした。
そしてなぜ太郎が、
ライを兄貴と尊敬していたのかが、ありありと分かった。
なぜ太郎がライを慕っていたのかが分かった。
太郎は、ライのスピリットを見抜いていたのだ。
尊敬に値する兄貴だと、認めていたのである。
この闘いは是非を超えた、野性の決戦だった。
だがライは負けを認めながらも誇りを護った。
ライはその後も、兄貴であり続けたのだ。
 
ライは肩高70cmで、鍛錬体重が45kgだった。
肩高とは、肩までの高さである。
そして毎日20kmを運動していた頃に、45kgだった。
鍛錬体重で45kgの体格は、相当に大きい。
雄の大型のシベリアンで30kgくらいである。
その150%の大きさである。
雄の紀州犬で22kgくらいだろうか。
実質40kgの秋田犬なら、かなり大きい。
北極エスキモー犬の実際の体格は世に知られていないが、
雄の健常な個体で、35kgから55kgくらいである。
大きさに幅があるが、だいたい40kgから50kgくらいだ。
だから本種は、実際には相当に大きい犬種なのである。
雄の北極ソリ犬として生きていくには、
そのレベルの体格が求められるようである。
それほどに過酷な世界だということだ。
 
ライとは、何万km走っただろうか。
毎日毎日、20kmを自転車運動した。
山に移住してからは、犬ゾリでも運動した。
自転車運動で基本教導していたので、
彼は即座に犬ゾリで本領を発揮した。
なにしろ彼のパワーと闘志は尋常ではなかった。
私が号令を掛けた瞬間に、その力を爆発させた。
そのとき我我は、一心同体だった。
ライと私は、心ひとつに一緒に走ったのだ。
彼は寒気と白銀世界と犬ゾリの毎日となった。
彼の歓喜の姿を見て、私は感無量だった。
なにしろ暑さと湿気が大敵だったのだ。
だから標高1300mの森に移住したのだ。
零下20度の白銀の森は、彼にとっては安らぎの家となった。
彼の安息の姿を見ることが、当時の私の悲願であった。
 
山の奥に山行して、よく一緒に野営した。
真夜中の山で、ライは野性の超感覚を発揮した。
彼は闇の中で音も無く起き上がり、無言で彼方を見つめる。
すでに起きた瞬間に臨戦態勢に入っている。
しばらくすると、遠くでかすかに動物の気配がする。
ライの狩猟本能は強烈なので、
手綱を通して彼に制止の合図を伝える。
いつもは彼は私の指示を聞き入れてくれる。
だがたまに、ライは闘志を現わした。
どうやら大型獣のようだった。
今思えば、熊か猪だったのだろう。
ライが闘志を現わした時には、実に大変だ。
重厚な骨格の大型なのに、動きが異常に速いのである。
小型中型のシャープな実猟犬レベルの速さなのである。
だから彼の動きを制御することは実に困難だったのだ。
だから彼の闘志に火が付く前に、鎮めなければならないのだ。
私はただ、その山獣の気配が去ってくれることを願った。
そしていつも私の願いは届き、山獣は去っていった。
ライは己に潜在する能力を発揮したかっただろう。
だがライには、野性の本能を我慢してもらった。
だから私は心の中で、いつも彼に詫びた。
ライもまた心の中で、私の気持ちを了解してくれた。
ライも私も、本来とは異なる境涯に進んだのだ。
我我は互いに、未知の世界に踏み込んだのだ。
 
ライは13歳で生涯の幕を閉じた。
その前日まで、ライは運動に出た。
壮年期と変わらぬ精悍な気迫で、
肉体の衰弱をものともせずに、
前を見据えて運動に出発した。
その翌日、彼は雪の中で死んでいた。
白い粉雪に抱かれて、北極の闘士は旅立った。
彼は死の寸前まで、不屈の北極犬であり続けた。
彼は北極犬魂で生まれ、北極犬魂で死んだのだ。
ライはいつも無言で教えてくれた。
ライは野性対話道の恩師である。
 
■南無華厳 狼山道院■
≪ 2011:08:11 ≫