***WOLF HOWL***
 
 
狼のホウル(遠吠え)は、何種類もある。
その時その時の心情を、歌に託すのだ。
寂しげな歌もある。
悲しげな歌もある。
甘え声の歌もある。
家族を呼ぶ歌もある。
仲間に知らせる歌もある。
外部者に警告を告げる歌もある。
いろんないろんな歌があるのだ。
 
学者たちは狼のホウルを、ただの「合図」だと言った。
それが歌だとは、誰一人思っていなかった。
だが狼のホウルは、歌である。
 
最も凄いホウルは、「力の歌」である。
成長を遂げた雄狼の、力に満ち満ちた独唱である。
だが、この「力の歌」を知る人は少ないようだ。
YOUTUBEでいろんなホウル映像を観てみたが、ひとつも無い。
残念ながら、ほんとうにひとつも無かった。
昔、狼「太郎」の力の歌を一度だけ録音したことがあったが、
そのカセットテープは、移動の際にどこかに失くしてしまった。
だから彼の声は、ただ私の胸の中にあるだけだ。
 
上記のYOUTUBEのホウルは、力の歌では無いけれど、
声量に溢れた美声である。
これを実際に真近で聴けば、その迫力に圧倒されるだろう。
録音とライブとでは、天地の開きがあるのだ。
実際に生で聴けば、いかなる犬とも異なる声量だと分かるはずだ。
 だがこの録音だと、それは伝わらないだろう・・・
<これはホウルと言うよりも、「語り」である・・>
<誰かに語りかけているのだろう・・>
<本気のホウルは、もっともっと発声が長く続く・・>
 
「力の歌」とは・・
己の身体が成狼へと成長し、
全身に本物の力がみなぎったとき、
その大きな力が溢れんばかりとなったとき、
その力をホウルに表現する歌である。
 
愛狼太郎の力の歌は凄かった。
言葉でどんなに説明しても伝わらないだろう。
まず、バスに近い重厚なバリトンから始まる。
<ロアーの時には、重低音のバスを出すが・・>
途端に、辺りの空気が振動を起こす。
木の葉も揺れる。
窓のガラスも共振する。
地面も細かく振動する。
そこに座ると、地面から振動が伝わるのだ。
重厚・・としか言いようがない。
途轍もなく重く厚い響きなのである!!
いったい、どこからそんな音が出てくるのか、不思議そのものだった。
確かに、太郎は巨狼だった。
ただ大きいだけでなく、骨格が重厚だった。
 だから声量があるのは分かるのだが、それにしても・・・・
いや、その声は、太郎の底力そのものだったのだ。
その圧倒的な声量が、彼に潜在する力の大きさを象徴していたのだ。
そしてバリトンはテナーへと高まる。
そしてずっとずっと続く。
なにしろ一息で相当な長さを歌うのだ。
私はそれを目を閉じて聴く。
目を閉じて、心の一番深いところで、魂の歌を聴くのだ。
 
太郎は、いろんな歌を歌った。
私が森から出掛ける時には、
哀切極まるバラードを歌った。
私は途中で車を止め、
いつも目を閉じて、その歌を聴いた。
毎日聴いたそのバラードが、今もなおこの胸に響く。
我が家族となった深夜に、彼は母狼への別れの歌を歌った。
赤ちゃん狼が、夜空の月を仰いで歌った。
最愛の母と、もう二度と逢えないことを覚った彼は、
そのホウルに、己の覚悟のすべてを込めたのだ。
重厚な声量だった。
到底、赤ちゃんの声とは思えなかった。
その幼き子狼のホウルに、私は衝撃を受けた。
私はそのホウルに、はっきりと「狼」を見たのだ。
そしてこの世を去る時、
太郎は最後の力を振り絞り、
今度はこの私に、別れの歌を歌ってくれた。
その渾身のホウルを、私は忘れない。
その最後の歌は、この胸の一番深くに刻まれている。
<写真は1990年>
 
 
≪南無華厳 狼山道院≫
::2011:01:27::