













私と犬たちは山界に棲んでいる。
20年に亘り、ここに棲んできた。
我我にとっては、ここが故郷である。
昨夜は零下15度を超えた。
いよいよ寒気のクライマックスに向かっていく。
ここは白銀の森である。そして人間は訪れない。
犬たちは山界の感覚の中で生きている。
そこから学び、そこと交感し、そこで鍛えられている。
彼らはここを愛し、ここで安心する。
もはや彼らは、山界の申し子である。
冬季の寒気は実に厳しいが、ものともしない。
幼犬期からトレッキングに出掛けるが、
雪の中をラッセルしながら縦横無尽に躍動する。
その幼犬期の躍動が、体力の根幹を造り上げる。
強靭な抵抗力や回復力の根本を養成するのである。
そしてそこで基本的なトレイニングも行なう。
待て。おいで。そこから先は駄目だよ。もう帰るよ。などなど。
犬たちは山行の中で、いろんなことを学んでいくのである。
積雪期と無雪期とでは、山行のルートが違う。
春に雪が消えると、積雪期の山行道も消える。
そして新たに無雪期のルートを山行するのである。
そして雪が積もると、また冬季のルートに戻るのである。
だがその冬季のルートが、さっぱり分からなくなる。
人間の私には、元のルートを見つけることができない。
景色が別世界に変わってしまうので、迷子になってしまう。
ところが、犬たちには、分かるのである。
彼らは、寸分違わずに元の冬季道をトレイルするのである。
彼らが雪道を切り開いていくに連れて、私も思い出すのである。
元の道と全く同じ場所を辿っていることに気付くのである。
50cmほどの幅の、木と木の間を通り抜けた時、それが明らかになった。
昨年の冬にも、その狭い樹間を通り抜けていたのであった。
「臭覚」では無いはずだ。昨シーズンとは8ヶ月振りなのである。
「直勘」であり「直感」である。そうとしか言いようが無い。
犬たちは、なんの迷いも無しに、どんどん進んで行くのである。
まったく、彼らの能力に感服する。
彼らの天性の感覚には、到底近づけない。
いや、天性と言うよりも、
それは彼らの祖先たちの、命懸けの練磨の歴史の賜物なのである。
私はその練磨の歴史に、心からリスペクトする。
・・・犬たちだけでは無い。
あらゆる命たちに、壮大な歴史のドラマが秘められている。
写真は1998年と2010年。
■南無華厳 狼山道院■