<2010年10月25日>

私の基本食は「味噌鍋と米飯」である。

味噌仕立の鍋に野菜を沢山入れるのである。

きのこや海藻も入れるのである。

米は一番安い米。野菜は見切り品を探す。

大根の葉とかは貴重である。

キャベツの芯も貴重である。

太ネギの青いとこも貴重である。

どれも、とても美味いのである。

その味噌鍋飯に、漬物や生野菜を足す。

漬物は自分で漬ける。白菜とかキャベツを漬ける。

因みに私は「酸っぱい」くらいが好きである。

生姜やニンニクも入れる。唐辛子も入れる。

精進料理では「五クン:匂いの強い植物」を食さないが、私は食う。

「ニンニク・ニラ・ネギ・ラッキョウ・アサツキ」だが、いずれも効力の強い植物である。

「精が付くから・・害になるから・・」と言って禅寺は禁じるが、

粗食なのだから、多少は五クンを食った方がいいと思うのだが。

「修行の妨げになる・・」と言うが、

そんなもので妨げられたら、そもそも修行では無いと思うのだが・・・・・

そして私はラッキョウも漬ける。酢漬けだが味付けは工夫する。

ラッキョウが大好きなので、結構すぐに食ってしまう。

これらが基本の食事だが、豆腐を足す日もある。

どんぶり飯の上に豆腐を載せ、ネギや茗荷を盛り、醤油を垂らす。

そして豆腐を崩しながら飯と一緒にかき込むのである。

真冬になると、味噌鍋に「サラダ油」を入れる。

飯にサラダ油をかけて食うときもある。

なにしろこの森は零下20度になる。

その外気の中で延延と活動するので、とにかく腹が減る。

だからサラダ油でカロリーを摂るのである。

食事量は、結構多い方だろう。 飯も野菜も、結構沢山食う。

もうすぐ55歳を迎えるが、その年齢にしては食う方だろう。

若い頃は大食漢だったので、それから較べれば今は可愛いものだが。

※ただし絶食もするので、トータルだと普通の量だと思う。

※因みに私は絶食後にいきなり普通どおり食っても全然平気である。


料理は好きなので、昔はいろんな料理を作ったが、今はシンプルだ。

こんな献立で食った気がするのか??と思われるだろうが、充分である。

そしてこの献立を見れば分かると思うが、私は肉を食わない。

無理して食わない訳ではない。普通に自然に肉だけ食わない。

肉を食いたいとも思わない。玉子も食わないし牛乳も飲まない。

以前は魚は食べたが、今はそれが無くても平気になった。

無理しているのではない。自然にそういう心境になったのだ。


このような献立で充分に健康である。全く大丈夫である。

それどころか、多分私は同年代の中では体力が有る方だと思う。

過去記事にも書いたが、

私の人生はかなりハードな部類だと思うが、身体はそれに耐えてこれたのだ。

去年は足と肩の激痛で眠ることもままならない状態が何ヶ月も続いたが、それは理由がある。

なにしろ滅茶苦茶と言えるような環境で生きてきたから、不調が発生するのが当然だったのだ。

零下20度でストーブも無しに、月に10日ほど絶食するような年月を過ごしてきたから。

酷寒の中で仕事を終え、犬たちの世話と運動を終え、そして酷寒の中で寝る年月だったから。

だがその不具合も自分で治した。自力療法の荒療治で、今ではだいたい治ったのだ。

だからそういった事情を考えれば、このような献立で充分以上なのである。

いや、昔昔の日本を想えば、これは実に豪華な献立なのである。

昔昔の日本では、農家でさえ、米や野菜を存分に食べることなどできなかったという。

自分たちはそれこそ「アワやヒエやイモ」が主体の食事だったらしいのだ。

それを考えれば、この私の食事など、充分過ぎるほど豪華なのである。

もし献立に飽きたら、絶食すればいいのである。

とことん空腹になれば、飽きたのどうのなど問題外となるのだ。

ただときどき、果物が無性に食いたくなる。いろんな果物が頭に浮かんでくる。

そして不思議なことに「パン」も頭に浮かぶのだ。

美味しいパンと果物を存分に食ってみたいと、無性に想うのである。

特に何日間の絶食の時に、それが浮かんでくるのである。不思議だ。


今の生活も、活動時間は長い。

朝の4時前に起きて深夜まで活動する。

犬たちの世話と運動も毎日5時間以上かかる。

しかし身体に異常は来ない。そして「メタボ」など無縁だ。

私は自分の身体で、「人間は植物食で大丈夫!!」を実証していきたい。


人類の非肉食で世界が飢餓から救われるという。

ただ肉を食わなければ、世界が豊かになるという。

それくらいを我慢するだけで世界が変わるなら素晴らしいことだ。

そしてそれは最大の「エコ」になるというのである。

世界には「トウモロコシの粉」だけで育つ子どももいるという。

それを想えば、米やパンや野菜や果物が食べれれば何と幸せか。

そもそも人間ほど「あれもこれも」食う動物はいないのである。

※「ゴリラ」の身体を見れば分かる。「黒熊」の身体を見れば分かる。

彼らは植物食で生きている。それであの筋力である。あの体力である。

因みに彼らは大きな「牙」を持っている。だが植物食なのである。


そして・・ そしてもし仮に植物食で自分の寿命が短くなったとしたら。

もし仮にそうであったとしても、私は微塵も後悔しない。

それで世界が豊かになるのなら、寿命など減っても構わない。

「謙譲の美徳」というものがある。

人間ばかりが幅を利かせる訳にはいかないと思う。

自然界基準の天寿で生きられれば、もうそれで充分だと思う。

人の心境は分からないが、この自分はそう思う。


■南無華厳 狼山道院■