<2010年7月17日>

13日、増井光子先生が他界された。

先生は「上野動物園・多摩動物園・横浜ズーラシア」の元園長だ。

20年以上昔、先生からは電話や手紙でいろんなことを教えてもらった。

もちろん先生はすべての生物を愛していたが、狼や犬のことも好きだった。

「野性」を見る目も鋭く、いろいろと興味深い話を聞かせてもらった。

先生は確か紀州犬がとても好きだった。

<紀州犬といっても、いろんなタイプがいるが・・・>

エスキモー犬も好きだったらしく、この犬種の独特な特徴を知っていた。

私がこの犬種と暮らしていたので、いろんな質問をされた。

当然ながら、その質問は実に的確だった。

先生は重大な立場にいたのに、実にフランクに話してくれた。

だからいつも心の中で深く感謝した。

先生は穏やかな話振りだったが、その奥に強靭な精神力を感じた。

その強靭な精神力があればこそ、その立場を築き上げてこれたのだろう。

その立場とは、おそらく想像以上にハードな職務だったと思うのだ。

その世界で女性がリーダーシップを執っていくのは相当に大変だったと思うのだ。


後年、風の便りで先生が乗馬に熱心なことを知った。

その立場を引退し、存分に本来の興味に浸れたのだろう。

先生はエンデュランス馬術が好きだったらしく、競技にも出ていたようだ。

私も若い頃に多少は馬に乗っていたので乗馬の話もしてみたかったが、

その頃まったく悪戦苦闘の最中だったので、先生に会える状況ではなかった。

乗馬は想像以上に体力を必要とする。

ましてや長距離レースとなれば相当な体力を要するはずだが、先生は果敢に挑戦した。

若い人でさえ大変なはずなのに、先生はその年で耐久に挑んだのだ。

やはり、並並ならぬ精神力の持ち主だったのだろう。


先生は遠くイギリスの地で、馬術競技中の事故で亡くなったという。

私は先生が本望であったと、強く感じる。

挑む中で死ぬ・・・・

果敢な挑戦の果てに死ぬ・・・・

おそらく先生の人生はずっと挑む連続だったと思う。

最後までその姿勢を貫いた先生の精神に、心から敬意を表する。

きっと先生は、新たな世界でもずっと挑み続けるに違いない。

先生の新たな旅に、渾身のエールを捧げる。南無華厳。


■南無華厳 狼山道院■