<2010年5月25日>
森に、白い牛が来る。
ときどき、突然現われる。
ただし、光の、白い牛だ。
光に包まれた白い牛が、我われの前に姿を現わす。
犬たちは目を大きく見開いて厳粛な面持ちで見つめている。
みんな無言のままに、ただじっと白い牛を見つめている。
私も、ただ見つめるばかりだ。
光が来るとき、私は何も考えない。
考えることなどできないのだ。
思考などは、どこかに吹っ飛ぶ。
そんなものの出る幕ではない。
いつも、ただただ、途轍もなく厳かな気持ちになる。
心から湧きあがる厳粛な気持ちで、ただただ見つめる。
なぜ、「白い牛」が来るのか??
ここには、いろんな光が現われるが、
熊の光も、狼の光も、
そして菩薩のような光も、
マリアさまのような光も現われるが、
なぜ「白い牛」なのか??
いろんな宗教で「牛」が奉られていることは知っている。
ヒンドゥでは白い牛が神聖な使いであると言われているようだ。
だがなぜこの森に来るのだろうか??
これは疑問符ではない。
ただ、不思議に思っただけなのだ・・・・
その光の白い牛は、
我われを見守ってくれていると感じた。
何か不可思議な大きな力で見守ってくれていると感じた。
光が去ったあと、私は祈る。
森のなかで一心に祈る。
我われは光に感謝する。
我われを見守ってくれている光たちに、心の底から感謝する。
■南無華厳 狼山道院■
森に、白い牛が来る。
ときどき、突然現われる。
ただし、光の、白い牛だ。
光に包まれた白い牛が、我われの前に姿を現わす。
犬たちは目を大きく見開いて厳粛な面持ちで見つめている。
みんな無言のままに、ただじっと白い牛を見つめている。
私も、ただ見つめるばかりだ。
光が来るとき、私は何も考えない。
考えることなどできないのだ。
思考などは、どこかに吹っ飛ぶ。
そんなものの出る幕ではない。
いつも、ただただ、途轍もなく厳かな気持ちになる。
心から湧きあがる厳粛な気持ちで、ただただ見つめる。
なぜ、「白い牛」が来るのか??
ここには、いろんな光が現われるが、
熊の光も、狼の光も、
そして菩薩のような光も、
マリアさまのような光も現われるが、
なぜ「白い牛」なのか??
いろんな宗教で「牛」が奉られていることは知っている。
ヒンドゥでは白い牛が神聖な使いであると言われているようだ。
だがなぜこの森に来るのだろうか??
これは疑問符ではない。
ただ、不思議に思っただけなのだ・・・・
その光の白い牛は、
我われを見守ってくれていると感じた。
何か不可思議な大きな力で見守ってくれていると感じた。
光が去ったあと、私は祈る。
森のなかで一心に祈る。
我われは光に感謝する。
我われを見守ってくれている光たちに、心の底から感謝する。
■南無華厳 狼山道院■