<2010年4月24日>

これまで、多くの不思議体験をしてきた。

以前の記事にも時おり載せてきたが、とても書き切れない。

そのなかで、今日は、ある柴犬の話をする。


昔、調教師の元にいた頃、その時は30頭の犬を担当していた。

ほかの人間が辞めてしまったので、私一人で担当していた。

「清掃・グルーミング・トレイニング・給食」の日課を次々とこなす。

朝6時から夜の9時までかかった。

途中の3時間を、我が家の犬たちの世話に充てた。

その頃はまだ4頭だったので、3時間で済ませることができた。

帰ってくれば、また夜の世話が待っていたが。

そこには猟犬種・護衛犬種・闘犬種・日本犬など、実に多彩な犬種たちがいた。

犬同士では烈しい犬も多かったので、グループに分けてどんどんトレイニングを進めていく。

とにかく、分単位で時間に追われた。

次のグループが待っているし、へたをすれば終わらなくなってしまうのだ。

親方からは、そこまでしなくてもいいぞ!!と言われていたが、

犬たちが期待しているので、適当に済ます気にはなれなかった。

その頃、柴犬の子犬たちもいた。

そのなかで、身体に障害を持つ子がいた。

その子は、仲間と遊べる身体ではなかった。

手術して治るというレベルの障害ではなかった。

その調教場は、もちろん商売としてやっていた訳だから、

普通なら、その障害犬になど構っていられないだろう。

だがそこの親方は、冷徹な商売人にはなれない人だったので、

その障害犬に一室を与えてくれた。

私はなにしろ時間に追われていたが、その子の部屋で、できる限りの時間を過ごした。

その子の身体が、痛々しかった。

いや、とても痛かったに違いない。

だが、獣医に相談しても処置のしようがなかった。

私が行くと、ほんとうに喜んだ。

痛いだろうに、全身で喜んでくれた。

遊ぼうにも、その身体では遊ぶことができなかったので、

私はずっと、その子を抱いていた。

抱くとその子は、声にならない声で甘えた。

心の奥から振り絞るような、声にならない声で私に語りかけてくれた。

時間が迫り、私がその部屋を出て行く時の、

その時のその子の悲しみの眼差しが、忘れられない。


その子が、大人の歯に変わる頃、生後6ヶ月の手前の頃のある日の朝。

いつもの朝は、その子の部屋に行くことはできない。

日課がギッシリと詰まっているので、行くことができるのは、昼前の頃になってしまう。

だがその朝は、なぜだかどうしても、その子の部屋に最初に行こうと思った。


部屋に近づく時、いつもと違う気配を感じた。

胸の中を、得体の知れない不安が渦巻いた。

扉に手を掛ける瞬間、なにか絶望的な感覚が押し寄せた。

目を閉じて静かに深呼吸し、扉を開けた。

その子が、横たわっていた。

長い間、私はそこに立ちすくんでいた。

もう、息をしていないのが、分かっていた。

膝をつき、その子の身体を、撫でた。

まだ身体は、温かかった。

その子を、抱き上げた。

昨日の晩は、いつも通りに時間を過ごしたのだ。

全てを終えた時、いつも帰る前に、もう一度この部屋を訪ねるのだ。

変調は見られず、いつも通りに甘えてくれたのだ。

なぜだか、分からなかった。

なぜだか分からなかったが、だが何かを感じていた。

いつも、この部屋に来ると、何かを感じていた・・・・

その子の顔は、微笑んでいた。

愛に満ちた、穏やかな顔だった。

私を、待ってくれていたのか・・・

私を待つなかで、とうとうその時を迎えたのか・・・

たったひとりで、その時を・・・・・


とめどないなにかが私を襲う。

心の底から何かが湧きあがる。

その子を抱きながら、私は泣いていた。

その時・・・

その薄暗い部屋に、突然、光が現われた。

明かりのスイッチを入れた訳ではない。

そもそも、それは電気の明かりではなかった。

大きく白い光が、突然に舞い降りたのだ。その部屋の中に・・・

さらに言えば、それは光だけではなかった。

光の中に、何かがいる。

背の高い、縦長のシルエットの何かが、その光の中にたたずんでいる。

白い光は、まばゆいくらいに輝いているが、しかし電気のまぶしさとは明らかに違った。

そしてその中の何かも、表現ができないようなやさしさに包まれていた。

私はなぜか、驚かなかった。

驚くという感覚は不思議と起こらなかった。

何かが、私の心に入ってきた。

何かが心に入ってくるのが、はっきりと分かった。


やがて光は消えた。

私は時間の感覚を失っていた。

何時間も何日も経ったような気がした。

その子を抱いたまま、私は目を閉じた。

私の心に何かが伝えられたことを強烈に感じた。


その子に、迎えが来た。

途方もない愛の結晶が、その子を迎えに来た。

その途方もない愛の結晶が、私に姿を見せてくれた。

光が去る時、不思議な言葉が心に響いた。

「安心しなさい、あなた・・・ この子のこと、安心しなさい・・・」

人間の声とは違う。表現ができない。

だがそれは、はっきりと聴こえた。

その言葉は、耳から入ったのではない。

それは、心の中に響き渡った。

■南無華厳 狼山道院■