<2009年11月6日>
ここは「狼寺」と呼ばれているらしい。
≪WOLFTEMPLE≫だからその通りだ。
しかし寺であっても人間界の寺ではない。
ここは野性界の寺なのだ。
□動物たちの御霊に祈りを捧げる。
□動物たちと交感し、動物たちの真意を知る。
□野性界を心観し、野性界のスピリットを感応する。
私は山で野性禅に入るが、それはつまり、これらの実践の禅定だ。
( 野性禅とは、型に囚われずに自在に禅境に入ることを目指す禅だ。)
私は山で華厳の祈りを捧げるが、その祈りとは、これらの実践の祈りだ。
だから狼寺は人間界の寺とは全く違うし、世間の理解を超えているだろう。
たとえば「動物霊園」などとは全く違う。
人間寺は人間界の解釈で動物を弔うが、狼寺は野性界の解釈で動物を弔うのだ。
そして狼寺の堂宇は、「山」だ。
山が、狼寺なのだ。
だから狼寺は、山の動物たちと一緒に祈る。
彼らと一体になって祈っているのだ。
狼寺はいつも祈っている。
悲劇の動物たちに祈りを捧げている。
動物たちの魂が安らかなることを一心に祈っている。
今は、祈ることしかできない。
だがその祈りの力を信じて、全霊で祈っている。
いつも、魂たちの気配を感じる。
この森に無数の魂たちが訪れていることを強烈に感じる。
そのなかで祈る。
ものすごい念波を感じながら祈ることも多い。
なにかが激しく感応する。
まるで火花が散るようにスパークする。
夜の森の静寂のなかで、確かに何かが起こっている。
魂の鼓動か・・・魂の声か・・・
それは動物たちの魂の叫びなのか・・・・
祈りよ、届け!!
祈りよ、どうか彼らの御魂に届け!!
その一念で、渾身の祈りを捧げる。
■南無華厳 狼山道院■
ここは「狼寺」と呼ばれているらしい。
≪WOLFTEMPLE≫だからその通りだ。
しかし寺であっても人間界の寺ではない。
ここは野性界の寺なのだ。
□動物たちの御霊に祈りを捧げる。
□動物たちと交感し、動物たちの真意を知る。
□野性界を心観し、野性界のスピリットを感応する。
私は山で野性禅に入るが、それはつまり、これらの実践の禅定だ。
( 野性禅とは、型に囚われずに自在に禅境に入ることを目指す禅だ。)
私は山で華厳の祈りを捧げるが、その祈りとは、これらの実践の祈りだ。
だから狼寺は人間界の寺とは全く違うし、世間の理解を超えているだろう。
たとえば「動物霊園」などとは全く違う。
人間寺は人間界の解釈で動物を弔うが、狼寺は野性界の解釈で動物を弔うのだ。
そして狼寺の堂宇は、「山」だ。
山が、狼寺なのだ。
だから狼寺は、山の動物たちと一緒に祈る。
彼らと一体になって祈っているのだ。
狼寺はいつも祈っている。
悲劇の動物たちに祈りを捧げている。
動物たちの魂が安らかなることを一心に祈っている。
今は、祈ることしかできない。
だがその祈りの力を信じて、全霊で祈っている。
いつも、魂たちの気配を感じる。
この森に無数の魂たちが訪れていることを強烈に感じる。
そのなかで祈る。
ものすごい念波を感じながら祈ることも多い。
なにかが激しく感応する。
まるで火花が散るようにスパークする。
夜の森の静寂のなかで、確かに何かが起こっている。
魂の鼓動か・・・魂の声か・・・
それは動物たちの魂の叫びなのか・・・・
祈りよ、届け!!
祈りよ、どうか彼らの御魂に届け!!
その一念で、渾身の祈りを捧げる。
■南無華厳 狼山道院■