<2009年10月26日>

「オビディエンス・家庭犬訓練」に関心を持たれる飼主も多いと思う。

欧米で発展したトレイニング方法のようだが、日本でも実践されているようだ。

ただし、これは欧米のオーソリティーも忠告しているようだが、

犬の操縦に心を囚われて、

いつのまにか「ロボット操縦」のような錯覚に陥ってしまう事態を、避けなければならない。

最初はそのつもりが無くとも、「いつのまにか」そのような心境に陥ってしまう場合が多いようだ。

「競技」も催されているので、競技熱に冒されて原点から逸脱するケースも多いようだ。

しかし犬を教導する方法が分からない人は、参考にしながら探求するといいかも知れない。

ただしあくまでも「対話」という根本を忘れずに進んで欲しいが・・・・


欧米では「アイ・コンタクト」という言葉をよく使う。

「目と目で了解する・・」という意味だろうが、問題はその深さだ。

それをいかに深めていくかが、難しい。

私は過去記事にも書いてきたが、「心観交感・対話教導」を目指してきた。

心眼で観入し交感する。交感の中で対話し教導する。

しかしこれは終りなき道なので、ひたすら目指す毎日だ。

ひたすらその日々の積み重ねだ。

確かに果てない道だが、

だがその道に踏み入れば、言葉に言い表わせない世界が待っている・・・・

※因みに欧米ではこの領域を「アニマル・コミュニケーション」と呼ぶらしいが、

それについての書物なども読んでみたが、

対話を「言語会話式に表現する」ケースが多いようなので、若干違和感を覚えた。


ひと口に対話といっても、いろんな形がある。

言葉に出す場合もある。

沈黙の中の対話もある。

ポーズで示す場合もある。

烈しく見つめる場合もある。

もちろん、ボディ・ランゲージもある。

場合により状況により、さまざまな対話が展開されていく。

微妙なニュアンスを伝え合うために、その時その時で、さまざまな形の対話が生まれる。

それらの対話は、とても言葉では表現し切れない・・・・


犬には、沈黙の時間が必要だ。

犬は、静寂の中で、心を鎮める。

心を鎮め、回復し、整える。

その時間を失うと、犬は徐々に失調に向かう。

だから静かなプライベートの時間も必要だ。

だが同時に、主人と共に、同じ空間で、無言の対話を味わう時間も重大だ。

同じ部屋で、一緒に静寂の時間を味わうことが、大きな意味を持つ。

そこで一緒に眠れば、さらに対話は深まる。

静かに一緒に眠ることが、大きな意義を持つのだ。

犬によって、寝たい位置はそれぞれにさまざまだ。

我が頬に頬をくっつけて眠る犬もいる・・・

我が胸の上に頭を乗せて眠る犬もいる・・・

時には、少し離れて眠ることもある・・・

犬たちにとって、主人と一緒に眠る時間は、特別の時間だ。

今まで何十頭の犬たちと一緒に眠ってきたが、

どの犬にとっても、それは「特別の時間」だった。

群れの中では暴れん坊の犬も、

私と一緒の空間に入った途端に、別犬のように変わる。

すべてのみんなが、ほとんどすべて私の意思を理解する。

彼らにとって、そこは聖なる特別の空間であり、特別の時間なのだ・・・・

だから本当は毎日、一頭一頭と、一緒に眠りたい。

だがそれは時間的に不可能なので、やむなく「順番」となる・・・・


声に出して語りかけることも忘れてはならない。

一日の日課を終え、みんなが眠りにつく頃、一頭一頭に語りかける。

すべてのみんなが、私の目を見つめ、耳を澄ませている。

ひとりひとりの顔を見つめて、ひとりひとりの名を呼んで、

ひとりひとりに、心から語りかける。

みんなが静寂のままに、私の言葉を聴いている。

ひとりひとりが、尾を震わせて私に答えてくれる・・・・


「主人の声に耳を澄ませる」ことが重大だ。

言葉を聴こうとする意思が大切なのだ。

何かに夢中になっている時でも、我を忘れそうになっている時でも、

「聞く耳を持つ」ことがとても大切なのだ。

主人の声が耳に入らないようでは、何も進まない。

たとえ耳に入っても、自分の興味を最優先するようでは困る。

もし無我夢中の時でも主人の声に耳を澄ませたならば、

もはやトレイニングは成されたも同然だ。

つまり犬が「耳を澄ます」心境となるには、いったい何が必要なのか??

それを深く考えれば、答えはおのずと明らかだ。

主人は犬にとって、「耳を澄ますべく対象」とならねばならない。

だがこれは、なかなか大変難しい。

だが困難だとしても、犬と暮らす以上は、それを目指さなければならない。

もちろんこの私も、さまざまな葛藤の中で目指し続ける毎日だ・・・・

結局、犬を教導するということは、己自身を磨くということだ。

それを忘れると、安易な操縦法に溺れ、犬を不幸にするだろう・・・・・


※「対話」について語ると、

何冊かの本くらいのボリュームになってしまうので、今日はこの辺で終了します。

また改めて別の機会に書くつもりです。

■南無華厳 狼山道院■