<2009年10月9日>

確か十年ほど前に、石原慎太郎氏が、

「法華経に生きる」という本を書いた。

その信仰の真面目な姿勢には敬意を表するが、本の内容には失望した。

あまりにも、仏教を狭く捉え過ぎている。

仮に仏教を人間界に偏った宗教だと認識すれば、やむをえない内容だが・・・

いや、これは石原氏に限ったことではなく、

ほとんどの仏教者がこれに似た錯覚に陥っているのではないのか・・・


「悉有仏性・悉皆成仏」という言葉は仏教者なら誰でも知っているはずだが、

ほとんどの人がそれは「建前に過ぎない」と信じている様子だ。

仏教者の言葉の端はしに、それとなくそのようなニュアンスが漂うのだ。

つまり未だに、人間と他の命たちは「格が」決定的に違うと、思い込んでいるようなのだ。

動物たちと真の対話を経験した者にとっては当然の常識が、彼らには分からない。

それを経験した者からすれば「なんで??」というような誤解を平気で語る。


いったい「十如是」の何を知ったのだろうか??

宇宙の実相の何を知ったのだろうか??

大乗仏教への「信」を徹底的に謳い上げる法華経だが、

究極の真相については詳しく触れられていない。

それについては、「文底秘沈」という解釈で高僧たちが補ってきた。

だが最後の法門には、説かれている。

すなわち「全ての存在の絶対平等の尊厳による偉大な調和」が説かれている。

それを知れば、それを真に実感できれば、根本から概念が変わる。

そのとき、「人間は特別だ・・」という錯覚と優越意識は消えてなくなる。

その頑固な潜在意識は、見事に吹き飛ぶ。


今、地球が臨界点を向かえている。

今、人間が根本から発想を変えなければならない時を向かえている。

その重大な今、未だに旧態依然の偏見のままでは先が無い。

石原氏のその本は25万部を突破して売れたそうだが、

だがその内容は人に誤解を与えるだろう。

■南無華厳 狼山道院■