<2009年9月12日>

春頃から、身体に異変が起きた。

足と肩に激痛が走り、眠れない毎日となった。

それがずっと続いた。

長年の酷使と言うよりも、酷使の後に寒気の中で寝た年月が原因かも知れない。

零下20度の冬に暖房無しで、しかも絶食が続く生活では、身体が壊れても当然だ。

肉体労働の毎日となれば、やはり人並みにケアしなければ、やがて身体が悲鳴を上げるだろう。

これまで何の異常も出ずに、いつも元気満々で来れたのに、ついに臨界点を超えたのだろう。

たとえ寒気の中の労働生活でも、ゆっくりと風呂に入って暖気の中で普通に食事できれば、

そうすれば、今なお何の問題も発生しなかっただろうが・・・・

人からタフだと言われ続け、頑健を自認していただけに、これはショックだった・・・・

( 間断なく続く痛みも辛いが、左手の握力が突然に半減してしまったことが、とても寂しい・・・)


だが、犬たちは全員、元気満々だ。

毎日いっぱい運動し、猛然と躍動している。

みんな、毛艶も天然にピカピカだ!!

( 私も、彼らと共に動いていた方が足の痛みが紛れるのだ・・・ )

実はこの夏、ある事情から非常なピンチが訪れ、私と犬たちは八日間の絶食を耐えた。

だが、犬たちはそんな苦境をものともしなかった。

それどころか、彼らは私の身体の不調を心配し、食い入るように見守ってくれた。

彼らは自分の空腹など忘れて、この私を心配してくれたのだ。

夜、痛みで寝ることもできずに、犬たちの犬舎の前で瞑目していると、

犬たちはずっと、私を見つめ続けていた。

これまで私の不調など見たことの無かった彼らは、本当に心配していたのだ。

彼らのその眼差しを、私は一生忘れないだろう・・・・


今回、何人もの人が、我々を助けてくれた。

我々は、その恩を忘れない。

今の我々にできる恩返しは、この絆の道を貫くことだけだ。

動物たちの心の世界の実像を、世に発信していくことだけだ。

それによって誰かの心に何かが届けば、いつの日か何かが変わっていくだろうと信じている。

私だけではない。犬たちも、それを信じている。

これはあくまでも、私と犬たちとの共同作業なのだ。

犬たちは、私と共に、私と運命を共にして、これに賭けている。

人は、「まさか???」と思うだろう。

だが、苦難を共にし、飢えを共にし、私ははっきりとそれを感知した。

いや、そのような状況だからこそ、なおはっきりと感知できたのだと思う。

彼らは、ただ食べて寝て安全に過ごす生涯を求めたりはしていない。

彼らは、私と共に何かに向かって、一緒になって己を賭けたいと願っているのだ。

彼らの、私への愛の姿を、いつか映像に記録できたなら、ぜひ皆様に見てもらいたい。

そのとき、多少なりとも皆様に、彼らの真情が伝わることと思う。

私と彼らとの対話の姿は、文字や言葉に現わすことはできないのだ・・・・


そもそも何の財政基盤も無い一個人が、

無謀にも「動物との対話の世界」に踏み込んでしまった。

だがその世界は、一切の損得勘定が許されない。

もし損得勘定が微塵もあれば、一瞬のうちに対話を失う。

これは本当の話だ。

動物との真の対話には、損得勘定はひとかけらも許されないのだ。

しかしそれを突き進むために、「金」は必須だ。

( ここで言うのは、「目的のために必要な資金」だ。)

だから本当は、よほどの金持ちでなければ、こんな道は選べないのだ。

金も無いのにこんな道に踏み込めば、必ず破綻が待ち受けているのだ。

だから私は大バカ者だ。狂っていると言われてもしかたがない。

だがそれでも、私は動物たちの悲劇に、知らぬ顔はできない。

動物たちを悲劇から救う唯一の方法として、

なんとしてでも、彼らの心の実像を世に訴えていきたいのだ。

本当は、世間を生きる中で、こんなことは無謀そのものだ。

骨の髄から、それを分かっている。

これでもかと、とことん思い知らされてきたのだ。

このブログはつまり、ある大バカの、断崖の上の実践の果ての、異端の記録だ。

だがそれが異端の記録であったとしても、

これまでに記した「動物たちの心の世界」に、嘘偽りは一片も無い。

それは、私の全存在を賭けた真実の告白だ・・・・

■南無華厳 狼山道院■