<2009年7月9日>

以前、不思議な能力の人に出会った。

その人は、亡き狼の「太郎」を観た。

太郎の姿を、実況中継のように語ってくれた。

その人は、大自然の中にいる太郎を観ていた。

そして狼の専門家でなければ表現できないような描写を語った。

その人は、狼のことなど、何も知らなかった。

それなのに、狼独特の姿を語り、狼独特の動きを語った。

<そもそも私は一言も、狼と暮らしたことなど伝えてなかったのに・・>


その人は言った。

この私を通じて太郎を感じるのだと言う。

ありありと太郎を感じると言うのだ。

その描写が、凄かった。

ただし、その人は狼を知らないから、表現に窮するときもあった。

そのときは、私がヒントを投げかけて表現の想起を導いた。

その人は私のヒントに触発されながら、刻々と太郎の様子を実況した。


その人は最初、それが「狼」だとは分からなかったようだ。

「え!! 狼って、こんなに大きいの?? こんな凄い顔をしてるの??」と驚いていた。

その人は最初、

「なんか、もの凄く大きくて凄い迫力の動物が、あなたの後ろにいるけど・・・」

と、語り始めたのだ。

そしてその人は最後に、太郎の言葉を伝えてくれた。

「お父さん、ありがとう・・・

お父さんは、僕のことを分かってくれた。

僕もお父さんのことを分かっていた。

僕はお父さんのことを、いつも見ている。

お父さんのことが大好きだから。

お父さんを愛しているから。

僕はお父さんを守りたい。

僕は光の玉になって、お父さんを包み込む。」

私は、ただ慟哭した・・・・


※特殊な能力を持つ人は、確かに存在する。

ただし、その能力の種類は千差万別のようだ。

ただし、その能力の次元も千差万別のようだ。

キャッチする方法も、人によってさまざまだ。

キャッチしたことの表現方法も、人によってさまざまだ。

鋭い感応能力を持っていても、表現の苦手な人もいる。

感応能力は普通でも、表現の得意な人もいる。

その人の話を深く聴けば、

その人がどのようなタイプの能力者かが、だいたい分かる。


世の中には、説明し難い能力が、確かにある。

信じ難い感応力の人が、稀にいる。

しかしその感応力も、野性界では、ごくごく当たり前の次元の話なのだ・・・・

■南無華厳 狼山道院■