<2009年4月4日>
中国禅宗の開祖「達磨大師」は、「楞伽経」を重んじたという。
大拙博士の言葉を借りれば、禅宗の哲理の深淵には華厳が潜んでいるが、
楞伽経も少なからず影響を与えたらしい。
「楞伽経・りょうがきょう」は、約1500年前に編纂されたらしい。
今日は、ほんのごく一節を紹介するが、
1500年も昔にこのような見解が説かれていたとは、まったく驚きだ。
伝達者は、はるか未来を見通していたのだ。
≪楞伽経抜粋・参考意訳≫
肉食は「驕り」を生じさせる。
驕りから、過剰な物欲の思考が生じる。
驕りが「貪欲」を生み出すのだ。
その理由からも、肉を食らうべきではない。
貪欲は人を惑わせる。
儲けのために生き物が殺され、肉を得るために対価が払われる。
それらは双方ともに法界の摂理に外れる。
それらにより、人は自ら、自らを不幸にする。
「三種の制限の付いた浄肉は、食べても支障が無い」と言われているが、
実は「三種の浄肉」なるものは存在しない。
それゆえに肉を食さず。
ところが世の理論家たちは、この道理に気が付かない。
彼らは(たとえば唯物論者たちは)、
己の推理し得る範疇だけしか承認しないからだ。
未来の世になり、彼ら理論家は、「肉食は適当である」と論ずるだろう。
菩薩は衆生を己の身に同じくする。
菩薩は衆生を我が子と想う。
それゆえに、まさに一切の肉を食さず。
※「精進料理」も、
ただ作法だけを強調したり、健康面だけを強調したりする場合が多いが、
ただ漠然と「感謝!」と唱和し、あるいは「戒律」を唱える場合が多いが、
その本来の意味を肝に銘ずる必要があるのではないだろうか・・・・・
■南無華厳 狼山道院■
中国禅宗の開祖「達磨大師」は、「楞伽経」を重んじたという。
大拙博士の言葉を借りれば、禅宗の哲理の深淵には華厳が潜んでいるが、
楞伽経も少なからず影響を与えたらしい。
「楞伽経・りょうがきょう」は、約1500年前に編纂されたらしい。
今日は、ほんのごく一節を紹介するが、
1500年も昔にこのような見解が説かれていたとは、まったく驚きだ。
伝達者は、はるか未来を見通していたのだ。
≪楞伽経抜粋・参考意訳≫
肉食は「驕り」を生じさせる。
驕りから、過剰な物欲の思考が生じる。
驕りが「貪欲」を生み出すのだ。
その理由からも、肉を食らうべきではない。
貪欲は人を惑わせる。
儲けのために生き物が殺され、肉を得るために対価が払われる。
それらは双方ともに法界の摂理に外れる。
それらにより、人は自ら、自らを不幸にする。
「三種の制限の付いた浄肉は、食べても支障が無い」と言われているが、
実は「三種の浄肉」なるものは存在しない。
それゆえに肉を食さず。
ところが世の理論家たちは、この道理に気が付かない。
彼らは(たとえば唯物論者たちは)、
己の推理し得る範疇だけしか承認しないからだ。
未来の世になり、彼ら理論家は、「肉食は適当である」と論ずるだろう。
菩薩は衆生を己の身に同じくする。
菩薩は衆生を我が子と想う。
それゆえに、まさに一切の肉を食さず。
※「精進料理」も、
ただ作法だけを強調したり、健康面だけを強調したりする場合が多いが、
ただ漠然と「感謝!」と唱和し、あるいは「戒律」を唱える場合が多いが、
その本来の意味を肝に銘ずる必要があるのではないだろうか・・・・・
■南無華厳 狼山道院■