<2009年3月30日>

天使の死んだ鉄の部屋。

血と涙と悲鳴の、鉄の部屋。


縛られて、生きながら、麻酔も無しに、身体を切り開かれた。

生きながら、麻酔もなしに、何度も何度も、ハンマーで叩かれた。


涙が溢れた。

あまりの痛みで、身体の奥から叫びが上がる。

「もう、許してください・・・・」

何度も何度も哀願した。

だが、許されはしない。

死のその日まで、許されはしない。


破壊された身体で、またケージに戻される。

手当てなど、一切無い。

痛み止めなど、一切無い。

痛みで、眠れない。

一晩中、地獄の苦しみが続く。

そしてまた明日、拷問部屋に連れて行かれるのだ。


実験室という名の鉄の部屋。

動物実験という究極の虐待。

動物の心など微塵も考えない極限の冷酷。

「人類のために」という大義名分で、異種族の命が破壊される。

その大義名分に、世間の人は騙される。

自分のペットは可愛がるのに、実験動物の境遇など眼中に無い。

すでに、ほとんどの医療データは揃っているというのに、

実験動物という「材料」の確保が容易だから、

相手が動物だから、

世論も容認しているから、

だから動物実験は何の疑問も無く、至極気楽に実行されている。

※人間は、自身の痛みの際には大騒ぎする。

指一本怪我しただけで病院に飛び込み、痛み止めを打ってもらう。

だが異種族の痛みには、とことん無関心だ。


動物に、心がある。

動物は、人間同様に「痛覚」を備えている。

動物は、恐怖に怯える。

動物は、絶望の淵に沈む。


近代科学思想の父といわれる「デカルト」は、

「動物機械論」を生み出した。

彼は、子犬から育てた自分の犬を、実験に使った。

縛られたその犬は、麻酔無しに、身体を切り開かれた。

その犬は、死の間際、デカルトの手をやさしく舐めたという。

地獄の苦痛の中でさえ、犬は、主人に別れを告げたのだ。

そしてデカルトは、無感情に、実験を終えたという。


近代科学思想は、動物を、大自然を、徹底して「物」と見た。

だから平然と、冷酷な手段を選べた。

長い間、「動物学」でさえ、この思想の影響下にあった。

動物に「心」を認めるという視座を持っていなかったのだ。

動物学は、動物支配を前提とした「管理学問」であったのだ。

※だから当ブログを異端視して攻撃する連中が多いのだ。


真の科学とは、

犠牲を求めずに達成を目指すものだろう。

その最初の発想の時点で、真と偽が分かれる。

真の叡智とは、種を超えた尊厳を心得ている。

■南無華厳 狼山道院■