<2008年7月4日>

S I N R I K I ・・・「心力」

心力が大きければ余裕が生まれる。

余裕があれば、相手の話が聞ける。

余裕があれば、相手の真意が見える。

余裕があれば、核心から離れない。

余裕があれば、判断が容易になる。

余裕があれば、精神が踏ん張れる。

余裕があれば、精神が混乱しない。

余裕があれば、精神が壊れない。

だから余裕が重大だ。

余裕を生み出す心力の大きさが重大だ。

心力を高める努力が重大だ。

努力を怠ると心力は高まらない。

怠っている間は楽かも知れないが、後で自分が苦労する。

肉体に鍛錬が必要なのと同等に、心にも鍛錬が必要なのだ。

命である以上、その向上の仕組みを無視することはできない。

だから日頃から、どんどん心のポテンシャルを大きくしていく。

潜在力が高まれば、大抵の試練は乗り越えられる。

今まで大変だったことが平気になる。

今まで耐えられなかったことが耐えられる。

潜在力が高まれば、余裕で乗り越えられるようになるのだ。

だからこそ、日頃の努力が重大だ。

己のためにも。そして他者のためにも。

心力が高まれば、他者の境涯が見えるようになる。

心力が高まれば、他者の心境が見えるようになる。

他者の痛みを感じるようになる。

他者の苦しみを感じるようになる。

だんだん、自分と他者との境界が薄れる。

自分が他者であり、他者が自分である感覚に近づく。

「同体慈悲」の領域に近づく・・・・・


「他者のことなど、どうでもいい!!」という心境が、何をもたらすか??

自分のことで精一杯!! 自分は自分、他者は他者!!

一見、自分を愛しているように見える。

だが実は、この心境が、自分を壊していく。

過剰な自己愛は、やがて自分を迷路に追い込む。

自分で自分を、脱出不能の迷路に追い詰めるのだ。

自分の声が自分の中で反響し、自分の声で自分が眠れなくなる。

自分のことが気になってしょうがない。延々と気になる。

意識過剰になるから、身体が硬直する。

硬直すれば、尚更に力は発揮できない。

発揮できないから自信喪失し、更に力を発揮できない。

自分への偏愛は、つまり心身を停滞させる。

停滞は不調に直結し、失調へと発展する・・・・

自分を愛しているつもりが、いつの間にか、自分を壊しているのだ。


過剰な自己愛は、そして孤独を生む。

孤独を求めながら、孤独に沈む。

孤独を求めながら、孤独に耐え切れなくなる。

だが孤独を脱出しようにも、自己愛が邪魔して脱出できない・・・・

発想を変えるだけで脱出できるのに・・・・

「自分が単体で独立して存在している」という誤解を捨てれば、脱出できるというのに・・・・

自分が無限の縁の中で、

自分が無限の連鎖の中で、

自分が無限の関係性の中で、

その状況の中で存在している事実を知れば、

それを「本心」で実感できれば、

見事に発想の転換が可能になる。

発想の転換が成されれば、迷いと苦悩の殆どは解決される。

それこそが、結局は自分を愛することになる・・・・


思考の方向ひとつで大きく変わる。

視界が変わる。景色が変わる。

自分に向けた意識のエネルギーを、

過剰に自分を気にした意識のエネルギーを、

その鬱積したエネルギーを、別の方向に有効活用できる。

そのエネルギーを、本来の努力に向けられる。

心力を高める本来の努力ができる。


心が停滞すれば、身体も停滞し、失調する。

心の奥底が活動を拒否すれば、身体も活動を拒否するようになる。

心の奥底があきらめれば、身体もあきらめるのだ。

心のストライキだ。

心が「嫌だ嫌だ!!」と叫んでいる。

そしてその心境は、如実に身体に現われる。

身体は動かなくなり、生命力は減退する。

身体がどんどん弱くなる・・・・

心の停滞を、どのように防止するか??

普段の己の努力しかない。

心力を高める努力しかない。

それ以外に方法が無い。

思考の方向を転換するしかない。

自分のために、思考の転換に挑む。

それができなければ、どうするか??

挑むことができなければ、そこで終りだ・・・・


大自然では、誰もが、不断に努力する。

大自然では、誰もが、果敢に挑む。

ほんの僅かな可能性に向かって、最後まであきらめずに。

それが命の使命だと、彼らは本能で知っている。

大自然には、この暗黙の了解がある・・・・

**** WOLFTEMPLE ****