





山から、月を観る。
月をとても近くに感じる。
たまに写真を撮ってみるが、
月はさまざまな表情に溢れている。
静かに鎮まった時もあれば、物凄い光の時もある。
カメラを構えてしばらくすると、
何かが月のそばに飛来する。
小さな丸い光だが、大体いつも来る。
それが何かは分からないが、写真にも映っている。
何か霊的な光だと感じる。
宇宙は広い。広大無辺だ。
そこには、無数の「ワールド」があるだろう。
地球は、その中の一世界に過ぎないと思っている。
無限の宇宙に、さまざまな次元のさまざまな形のワールドがあり、
地球ワールドはその中の一様式に過ぎないと感じる。
さまざまなワールドに満ちた無限の宇宙を知ることなどできない。
だが、華厳がヒントを教えてくれた。
宇宙を貫く「理」を教えてくれた。
極大極微・・・「一即一切念劫融即」・・・・
極微に極大が宿り、極大に極微が映る・・・・
地球にいながら宇宙を感じる。
地球の中に宇宙を観る。
ひとつの命の中に宇宙が宿る。
ひとつの命の中に宇宙の神秘を観る。
ひとつの命の中に「無限」を観る。
ひとつの命の中に、無限の尊さを観る。
「心」に、無限を観る。
心に、無限の尊さを観る。
我が家族。犬たち・・・・
彼らの一頭一頭に、無限の心がある。
彼らの一頭一頭の心に、無限の尊さがある。
彼らの一頭一頭に、宇宙が宿っている。
彼らとの一瞬一瞬に、永遠が宿っている。
それをいつも感じる。
それを感じながら生きている。
我々が明日どうなるかは分からない。
明日への希望はあるが、どうなるかは分からない。
この一瞬を生きる。
この一瞬で、宇宙を生きる。
この一瞬で、永遠を生きる。
私と犬たち。いつもそうしてきた。
月が、観ている。
我々は月と友だちだ。
我々のコーラスは、月に届く。
月が、聴いてくれている・・・・
森に別の次元が舞い降りる感覚を味わう時がある。
光が現われた時、それを感じる。
犬たちはその時、荘厳な気配を見つめて深く静かに佇む。
不思議な感覚だ。
厳かな不思議・・・それ以外に言葉は浮かばない。
人間の認識の領域など、人間の理解の領域など、微々たる領域だ。
その微々たる領域以外を、人間は絶対に認めようとしない。
領域以外の話をすれば「頭がおかしい!!」と言われて終りだ。
だが誰もが、やがていつか別次元の現実を知る時が来るはずだ。
この世に在籍中に別次元を味わえば、それは不思議体験だ・・・・・
不思議体験は強烈なインスパイアを伴うから、
それに溺れたり、執着したり、自分を見失ったりする人もいるだろう。
強靭な精神で臨まないと、不思議感覚に呑まれる・・・・
不思議と対峙するには、精神のパワーが必要だ・・・・
この世に在籍している以上、この世での使命を果たさなければならない。
だから不思議世界に浸ってしまうのではなく、
その体験を活かして、この世での更なる深化を目指すことが肝心と思う。
「不思議」は、さまざまなヒントを与えてくれる・・・・・
<※上の写真の一枚は、気配を感じた時に撮ったものです。>
**** WOLFTEMPLE ****